カルボニル化合物の中でもアミドは、最も反応性が低い官能基であると認識されがちな官能基です。
確かにカルボニル化合物に関する多くの有機反応が、求核付加、エノレート形成、加水分解に分類できるため、カルボニル炭素のプラスの分極が重要となります。
アルデヒド>ケトン>エステル>アミドの順番にカルボニル基の炭素原子の反応性が低下していきますね。
しかしながら、カルボニル基の酸素原子に着目すれば、他のカルボニル化合物と比較してアミドの酸素原子が最も電子豊富であり、プラス性を帯びた求電子試薬と優先して反応します。
今回は、アミド酸素の高い求核力を活用したVilsmeier reagent(ビルスマイヤー試薬、あるいはヴィルスマイヤー試薬)を取り上げたいと思います。
ビルスマイヤー・ハック反応で芳香族をホルミル化・アシル化
Vilsmeier試薬は塩化ホスホリル(オキシ塩化リン:POCl3)や塩化チオニル(SOCl2)などの脱水塩素化剤と、ジメチルホルムアミド(DMF)をはじめとするアミド化合物から調製できます。
最も使われる組み合わせはDMFと塩化ホスホリルですかね。
まず、求電子性の高い塩化ホスホリルのリン原子によってDMFの酸素原子が活性化され、窒素原子からの電子の押し込みにより、イミニウムカチオン中間体を形成します。
遊離した塩化物イオンがイミニウムカチオンに作用すると、リン-酸素原子の親和性の高さ(P-O結合の強さ)を駆動力として、DMF由来の炭素-酸素結合が切断されます。
塩化ホスホリル側から2つめの塩化物イオンが副生し、イミニウムカチオンと塩を形成することによって、いわゆるVilsmeier試薬を与えます。
求電子性の高いVilsmeier試薬に対して様々な求核剤が反応してくるわけですが、例えばジメチルアニリンなど電子豊富な芳香族化合物を作用させると、Vilsmeier-Haack reaction(ビルスマイヤー・ハック反応)と呼ばれる芳香族のホルミル化が進行します。
ジメチルアミノ基は、メソメリー効果(あるいは共鳴効果)で電子供与基(+Mあるいは+R)を有するため、ジメチルアミノ基から見て芳香環上のオルト位とパラ位を電子豊富にしています。
Vilsmeier-Haack反応の場合は、立体的にも有利なパラ位で主に反応が進行します。
芳香族求電子置換反応(SEAr反応)によって生じたイミニウムカチオンが、反応終了後に水で加水分解されることによって、最終生成物である芳香族アルデヒドを与えます。
DMFの代わりにジメチルアセトアミドやベンズアミドを脱水塩素化剤と組み合わせれば、生成物がケトンとなるアシル化反応が進行します。
ただ、ホルミル化に比べてアシル化に必要な中間体の反応性が低いため、Friedel-Craftsアシル化反応のほうがよく使われる印象ですね。
カルボン酸から酸塩化物の合成に最適
Vilsmeier試薬が多用される分子変換に、カルボン酸から酸塩化物の合成が挙げられます。
この場合、生成物である酸塩化物が不安定なことが多く、なるべく水との接触を避けたい要望があります。
そこで、より沸点の低く反応後に直接留去しやすい塩化チオニルや塩化オキザリルがよく使われます。
塩化チオニルだけでもカルボン酸から酸塩化物は合成可能ですが、酸塩化物の形成を加速させるため、少量のDMFを加えて活性なVilsmeier試薬を反応系内で発生させているわけです。
酸塩化物合成の場合は、反応機構からもわかるようにDMFは反応後に再生するため、触媒量のDMFで反応を促進させることができます。
むしろDMFを多く入れてしまうと、次の反応で酸塩化物と反応させたい試薬や原料と過剰に残ったVilsmeier試薬が優先して反応してしまいます。
そのため、なるべく少ない量のDMFを使って余計な副反応を起こさせない工夫が必要です。
反応を促進する目的でDMFを入れたのに、次の反応を阻害しては元も子もないですからね。
まとめ
Vilsmeier試薬は、アミド化合物と脱水塩素化剤との反応で調製できる活性試薬であり、ホルミル化・アシル化・塩素化によく用いられる反応剤です。
特にジメチルホルムアミド(DMF)の活躍が目覚ましい反応ですね。
SEAr反応には当量以上のDMF、カルボン酸からの酸塩化物合成には触媒量のDMFと、目的に合わせてVilsmeier試薬の量を調製することが肝要ですね。
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