とらおの有機化学

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Saksena-Evans還元は1,3-アンチジオールを与えるジアステレオ選択的還元反応

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隣接官能基を利用した有機反応は、原料に内在する官能基を足掛かりにして他の部分の官能基を狙い通りに反応させる、おしゃれな分子変換です。

最近では、アミドなどのカルボニル化合物を配向性官能基として利用したC-H結合の官能基化が発展し、もはや何でもありの様相を呈していますね。

 

アルコール(水酸基)は多くの有機分子に内在する極性官能基であり、ルイス塩基として、あるいは水素結合アクセプターとして分子認識に広く利用されています。

天然物の中でも活用されており、水酸基を多く含むポリオール化合物が有用な生物活性を持っていることがよくありますね。

これらの分子がちゃんと機能するためには、官能基が正しい立体化学を持つことが非常に重要であり、エナンチオ選択的、ジアステレオ選択的な2級、3級アルコールの合成法が精力的に開発されてきました。

 

今回は、β位の水酸基を利用してケトンをジアステレオ選択的に還元できるSaksena-Evans reduction(サクセナ・エバンス還元)を取り上げたいと思います。

 

サクセナ・エバンス還元は1,3-アンチジオールを得る有力還元法

β-ヒドロキシケトンに対してSaksena-Evans還元を行うと、1,3-アンチの立体化学を有するジオールが生成物として得られてきます。

このアンチというのは、炭素主鎖をジグザグに配置させて1,3位の水酸基を炭素鎖の同一面に描いたときに、逆の立体配置(アップとダウン、もしくはα配置とβ配置)になるケースのことを言います。

 

炭素鎖が環状になると炭素環の同一面に来たりしますので、命名法には注意しましょう。

いつかこの辺りも記事にしますね。

 

Saksena-Evans還元に使用する還元剤は、トリアセトキシ水素化ホウ素[BH(OAc)3-]の塩です。

ナトリウム塩やテトラメチルアンモニウム塩などバリエーションが少しありますが、基本的な反応機構は同じですかね。

Saksena-Evans reduction-fig.1

原料のβ-ヒドロキシケトンを酢酸存在下、トリアセトキシ水素化ホウ素塩で処理すると、トリアセトキシ水素化ホウ素のひとつのアセトキシ基と原料の水酸基が置換基交換を起こし、ホウ素還元剤が原料にくっついた状態になります。

この状態から水素原子がホウ素上からカルボニル炭素へ移動するわけですが、カルボニル基のLUMOであるC=Oのπ*軌道に相互作用するため、カルボニル基がアキシャル位になった6員環遷移状態から還元反応が進行します。

この時、β位水酸基の立体化学によって遷移状態である6員環コンホメーションの安定性が大きく異なり、より安定な6員環遷移状態から還元反応が進行して、結果的に1,3-アンチジオールを生成物として与えます。

 

反応の進行には酢酸が必要

トリアセトキシ水素化ホウ素はホウ素原子上に電子吸引基であるアセトキシ基が3つもあるためホウ素-水素結合の還元力が極端に弱く、無作為なケトン還元は起こりません。

Saksena-Evans還元では、隣接する水酸基のチカラを借りてカルボニル基に接近し、また酢酸によって標的のカルボニル基が活性化されて、ようやく還元力を発揮します。

 

このため、還元されるカルボニル基はプロトン化されうるように、遷移状態でアキシャル位に配置される必要があるわけですね。

 

Evans先生によって広く広められたEvans-Tischchenko反応も、同じように6員環遷移状態を経て、還元反応が進行しますね。

同様の1,3-アンチジオール等価体を生成物とするわけですが、β-ヒドロキシ部分がエステル化されたものが得られるので、区別して利用したいですね。

 

まとめ

ポリケチドを中心とした天然有機分子の中には、1,3-ジオール構造が本当にたくさん見られます。

これらの合成研究の歴史の中で磨かれてきたSaksena-Evans還元は、1,3-シンジオールを生成物とする奈良坂-Prasad還元と、相補的な役割を果たす大事な還元反応です。

 

3次元的な化学眼を駆使すれば、環状骨格の中にも"1,3-アンチジオール"構造がたくさん隠れています。

Saksena-Evans還元で、スマートに立体化学を整えたいものです。

 

関連記事です。

1,3-アンチジオールモノエステルが得られるエバンス・ティシュチェンコ反応です。アルデヒドの水素原子が還元剤になります。

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