有機合成における基本反応のひとつである脱離反応では、多くの場合炭素‐炭素二重結合化合物であるオレフィンを生成物として与えます。
一般に、水素原子と脱離基が原料から乖離しオレフィンへと誘導されるのですが、化合物の性質により、さまざまな経路を経て脱離が進行することが知られています。
β位炭素上のプロトンと脱離基が協奏的に分子から離れていくE2機構や、脱離基と炭素の間の結合が先に開裂してカルボカチオンを経由するE1機構、水素が塩基によって引き抜かれるのが早く、カルボアニオン中間体を経由するE1cB機構など、官能基の特徴、周りの環境に影響されながら対応する二重結合を生み出すわけです。
今回取り上げるCope脱離は、Ei(elimination intramolecular/internal)機構が特徴的な脱離反応です。
3級アミンから誘導したアミンオキシドのsyn脱離を利用したコープ脱離
Cope脱離ではまず、3級アミンをm-CPBAなどの過酸化物で処理することで、窒素原子を酸化しアミンオキシド(N-oxide)に誘導します。
続いて、得られるN-オキシドを非プロトン性溶媒中で加熱すると、ヒドロキシルアミンの副生とともに反応が進行し、生成物であるオレフィンを与えます。
Cope脱離で最も特徴的なのが、Ei機構を経由するsyn脱離です。
E2やE1cB機構で進行する脱離反応では、外部塩基によるプロトンの引き抜きが反応の引き金になります。
一方Cope脱離では、中間体であるN-オキシドに負電荷を帯びた酸素原子があり、これが言わば内部塩基としてβ位炭素からプロトンを奪う役割を果たします。
このため、酸素原子がβ位炭素上のプロトンにアクセス可能なコンホメーションを取る必要があり、脱離基と水素原子が炭素鎖に対して同一面側になるsyn脱離でオレフィンを与えます。
同位体ラベル実験をはじめとする数々の検証からも、Ei機構であるsyn脱離でのみ本反応が進行することがわかっています。
5員環の環状遷移状態を経由するN-オキシドのsyn脱離では、立体的制限のためにオレフィンを形成する過程で、炭素−炭素結合周りが重なり配座(エクリプス配座)に近い状態を経由する必要があります。
このため鎖状分子では、遷移状態におけるエクリプス配座の立体反発を最小にできる水素原子がN-オキシド酸素により引き抜かれ、結果としてHofmann則に従ったオレフィン生成物を与えます。
ただ、Cope脱離におけるHofmann則の優位性はそれほど高くなく、熱力学的により安定な多置換オレフィンも同時に得られる場合が多いです。
特に、β位にフェニル基やエステルなど電子吸引基が置換している時は、根元の水素の酸性度が上がるため、N-オキシドによる脱プロトン化が容易になり、多置換オレフィンを与えやすい傾向にあります。
溶媒効果でコープ脱離を加速
Cope脱離でもう一つ特徴的なことは、N-オキシドからの脱離反応の速度が溶媒によって大きく変わるという点が挙げられます。
特にメタノールなどのプロトン性溶媒中では、脱離反応が大幅に減速します。
これは、分極したN-オキシドの酸素原子と溶媒が水素結合を起こすことにより安定化してしまい、内部塩基としてのちからが低下するためだと考えられます。
加えて本反応は、極性分子であるN-オキシド中間体から比較的極性の低いオレフィンとヒドロキシルアミンを与えるプロセスですので、化合物の極性変化が大きく、極性溶媒ではN-オキシド側が安定化され、非極性溶媒では生成物側が安定化されます。
実際、この脱離過程は可逆であり、オレフィンとヒドロキシルアミンをメタノール中で作用させると逆Cope脱離が進行し、付加反応が起こったN-オキシドが得られるようです。
そのため、原料の溶解性などの条件が揃えば、ジクロロメタンやトルエンなどの溶媒で脱離を試みるのが賢明と言えそうですね。
まとめ
Ei機構が特徴的なCope脱離は、多くの活性有機分子に内在する3級アミンを足掛かりに、二重結合を付与できる反応です。
β位炭素上の水素原子の立体化学を制御すれば、syn脱離による二重結合の導入位置も予測可能であり、計画的な利用が吉と出る分子変換反応ですね。
関連記事です。
ライバル(?)であるHofmann脱離に関する紹介記事です。Cope脱離とは相補的に使える良反応です。
Eschenmoserメチレン化はCope反応が活躍できる連続反応ですね。
炭素-炭素二重結合の合成と言えばWittig反応は外せません。