カルボニル化合物の還元反応には、水素化ホウ素化合物や水素化アルミニウム化合物に代表される金属ヒドリド錯体を使用するのが一般的です。
水素化ホウ素ナトリウムを初めとする、これら金属ヒドリド還元剤は取り扱い安さや試薬の当量コントロールの容易さなどの利点を生かして、多くの化学者に受け入れられて来ました。
一方で、通常は還元剤として作用しないように見える炭素-水素結合も、時としてカルボニル化合物を還元することがあります。
今回取り上げるMeerwein-Ponndorf-Verley還元(メーヤワイン-ポンドルフ-バーレイ還元)は2級アルコールを還元剤に使用する興味深い反応です。
アルミニウムイソプロポキシドを使用するMeerwein-Ponndorf-Verley還元
Meerwein-Ponndorf-Verley(MPV)還元で最もよく使われるのは、アルミニウムイソプロポキシド(Al(Oi-Pr)3)を用いる条件です。
アルデヒドやケトンをイソプロパノール中で、Al(Oi-Pr)3とともに穏やかに加熱すると、還元体である1級アルコールおよび2級アルコールを生成物として得ることができます。
本反応ではまず、原料であるカルボニル化合物がアルミニウム金属に配位し、活性化されます。
その際、カルボニル基とアルミニウム、そして配位子であるイソプロポキシドの間で6員環遷移状態を取り、電子環状反応によってイソプロパノールの酸素の付け根の炭素から、水素原子が原料であるカルボニル基に移動します。
結果として、原料のカルボニル基が還元されたアルコールが得られるとともに、アルミニウムに結合していたイソプロパノールが酸化され、アセトンを副生するプロセスになります。
この過程は可逆であるため、原料から生成したアルコールが場合によってはヒドリドを与える還元剤にもなり得ます。
これを防ぐため、大過剰のイソプロパノールを用いることにより、還元剤になるアルコールが常にイソプロパノールになるようにします。
副生するアセトンを加熱により留去しながら反応を行うと、反応の平衡が生成物側に偏り、より効率的に還元反応が進行しますね。
理論的には触媒量のアルミニウムイソプロポキシドで反応が回るはずですが、実際の還元では1当量以上の試薬を用いて還元を行うことが多いように思います。
ちなみに、溶媒量のアセトン中でAl(Oi-Pr)3をアルコールに作用させると、アルコールを酸化することができ、こちらはOppenauer酸化(オッペナウアー酸化)として知られる過程になります。
アルミニウムイソプロポキシドはエクアトリアルアルコールを与える還元剤
コンホメーションが規定されたシクロヘキサンのMeerwein-Ponndorf-Verley還元では、得られるアルコールはエクアトリアル配座のものが優先します。
これは、MPV反応が平衡であるために、熱力学的により安定なエクアトリアルアルコールが得られると考えることもできますが、主な要因は速度論的によるものだそうです。
反応の遷移状態において、ヒドリド移動を起こすためにカルボニル化合物とアルミニウムイソプロポキシドが6員環を形成します。
その際、カルボニル基のα位炭素上の置換基(水素)との1,2-相互作用が大きく、ヒドリドのアキシャルアタックが進行した生成物が得られてきます。
水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)や水素化アルミニウムリチウム(LiAlH4)と類似の立体選択性を示すため、MPV還元は「小さい還元剤」を使った反応とみなすこともできますね。
アルミニウム以外の金属でも進行することが知られています。
中でもランタノイドを中心金属にしたMPV反応は、ランタノイドと酸素の高い親和性を利用することによって、旧来では難しい還元を可能にしてきました。
特にサマリウム金属が温和なMPV還元によく用いられており、高い立体選択性を実現するとともに、実用性の高い触媒的MPV還元が達成できることもありますね。
まとめ
金属ヒドリド試薬を用いないカルボニル化合物の還元として、Meerwein-Ponndorf-Verley還元は非常に有効です。
カルボニルと試薬の6員環遷移状態が鍵となる反応ですので、アルドヒドおよびケトンに対して選択的に還元を起こすことができます。
他の還元では耐えられないニトロ基やハロゲンを有する場合でも、適応できる場合が多く、独自性が際立つ反応のひとつです。
今後、より精度の高いエナンチオ選択的なMPV還元が開発されることを、とらおは待っていますよ。
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