とらおの有機化学

有機化学について考えるブログ

Ireland-Claisen転位はケテンシリルアセタールが活躍する[3,3]-シグマトロピー転位反応

立体選択的な炭素-炭素結合の形成は、欲しいものだけを作ることが要求される現代の有機化学において、とても重要な課題です。

とくに、2つ以上の立体化学が新しく形成される場合は、そのジアステレオ選択性の制御が最高難度に達し、とらおをはじめとして多くの合成化学者を苦しめます。

 

キラルな試薬や触媒を利用した試薬制御(reagent control)の不斉反応は、外部から不斉環境を持ち込むことができるため、原料に依存せずに立体化学を制御できるメリットがあります。

しかしながら、多くの反応に広く使える不斉触媒反応はそれほど多くないのが現状です。

 

一方で、原料に内在する立体化学を利用した不斉転写型の化学反応では、原料の立体化学を正しく用意することができていれば、新しく形成される立体化学を精度よく導入することができます。

 

アリルアルコールから2炭素ユニットを伸長できるClaisen転位反応のなかでも、今回は最も信頼性の高い立体構築法であるIreland-Claisen rearragement(アイルランド-クライゼン転位)について考えたいと思います。

 

ケテンシリルアセタールを活用するアイルランド-クライゼン転位

 

Claisen転位は、アリルビニルエーテル構造からγ,δ-不飽和カルボニル化合物を与える反応で、様々な改良法が知られています。

[3,3]-シグマトロピー転位を経由するClaisen転位の中でも、よく使われているのがIreland-Claisen転位ですね。

 

Ireland-Claisen転位の特徴は、アリルビニルエーテル構造を形成するのに、塩基性条件でケテンシリルアセタールを合成する点です。

 

Ireland-Claisen rearrangement-fig.1

 

反応機構ではまず、リチウムジイソプロピルアミド(LDA)などの強塩基によって原料であるアリルエステルからエノラートを発生させます。

続いて、リチウムエノラートに対して、トリメチルシリルクロリド(TMSCl)やtert-ブチルジメチルシリルクロリド(TBSCl)などのシリル化剤を作用させて、ケテンシリルアセタールとして補足します。

 

低温条件で形成させたケテンシリルアセタールを、加熱処理することによって[3,3]-シグマトロピー転位を起こさせ、シリル基の除去を経て、生成物であるγ,δ-不飽和カルボン酸が得られます。

 

溶媒効果を利用してジアステレオ選択的Claisen転位を実現

 

Ireland-Claisen転位の有用性は、3炭素以上のカルボン酸ユニットを有するアリルエステルから、ジアステレオ選択的に生成物を合成できる点にあります。

なかでも、プロピオレート誘導体の応用例がよく検討されており、ポリケチドによく見られるメチル基を含む炭素鎖の合成に有効ですね。

 

Ireland-Claisen rearrangement-fig.2

 

アリルプロピオレートに対して低温条件でLDAを作用させると、LDAのジイソプロピル基との立体反発を避けるようにプロピオレートのメチル基が配向した6員環遷移状態から脱プロトン化が進行し、Z体のリチウムエノラートを生じます。

その後、シリル化することによりE体のケテンシリルアセタールが得られます。

 

エステルのリチウムエノラートですので、OLiよりもOR(炭素)の方が命名法の優先順位高くなりエノラートはZ体、一方シリル化後はORよりもOSiの方が優先順位が上がり、得られるケテンシリルアセタールはE体になるのは注意点ですね。

 

Ireland-Claisen rearrangement-fig.3

 

これに対して、HMPA(ヘキサメチルリン酸トリアミド)やDMPU(N,N'-ジメチルプロピレン尿素)を共溶媒にしてLDAによる脱プロトン化を行うと、E体のリチウムエノラートを経由して、Z体のケテンシリルアセタールを与えます。

選択制の違いは、極性溶媒であるHMPAがリチウムカチオンに強力に配位することによって、エステルからの脱プロトン化がオープン型から進行するからだと考えられます。

オープン型からは、プロピオレートのメチル基が立体的に嵩高いアリルアルコール部分の反発を避けるように脱プロトン化が進行するため、より熱力学的に安定なE体のリチウムエノラートの形成が優先します。

 

Ireland-Claisen rearrangement-fig.4

 

溶媒効果によって作り分けられたケテンシリルアセタールは、6員環遷移状態を経由するClaisen転位によって、それぞれジアステレオ選択的にγ,δ-不飽和カルボン酸を与えます。

 

脱プロトン化の条件を変えるだけで、ひとつの原料から2つのジアステレオマーが得られることが、Ireland-Claisen転位の人気の秘密ですね。

 

まとめ

 

Ireland-Claisen転位は、中間体であるケテンシリルアセタールの幾何異性を制御することで、ジアステレオ選択的にClaisen転位を進行させうる良反応です。

立体的な要因により、もちろん例外もたくさんありますが、基本的な使い方を知っておくのはとても大切だと思います。

立体選択性を覚えるのは大変ですので、「とらおのところになんか書いてあったなぁ」とだけ覚えて、またこの記事に戻って来てくれたら嬉しいですね。

 

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