カルボニル化合物の中でもケトンの還元反応では、ケトン周りの環境によってヒドリドが接近してくる面により生成物が異なることがあります。
例えば、コンホメーションが制限されているシクロヘキサノンなどの還元では、生成物であるアルコールがアキシャル配座になったり、エクアトリアル配座になったりするわけです。
これら立体選択性は、いろいろな要素が絡んでくるわけですが、大きな要因の一つに還元剤の立体障害があります。
今回ご紹介するSelectrideは、立体的に大きな還元剤として重宝するシリーズです。
アルキル基の嵩高さで反応性を制御
Selectride®︎は一般的に、水素化トリsec-ブチルホウ素試薬のことであり、シグマ‐アルドリッチ社に商標権があるものです。
個人的にSelectrideに慣れてしまっているので、本ブログではSelectrideと呼ぶことにしますね。
Selectrideはカウンターカチオンの種類によって、L-Selectride(Liカチオン)、N-Selectride(Naカチオン)、K-Selectride(Kカチオン)の三種類があります。
このほかに、LS-SelectrideとKS-Selectrideが市販されていますが、3つのsec-ブチル基の代わりにシアミル基がホウ素に置換しているタイプのもので、より立体的に大きくなっている還元剤です。
それぞれの違いはなかなか微妙なところで、正直に言えば原料によって違いがなかったりあったりします。
個人的には、リチウム、ナトリウム、カリウムの順に、塩基性が高くなる傾向はあるのかなぁとは思いますが、還元の反応性、選択性は試してみないとわかりませんね。
これらSelectrideでは、立体的に大きなアルキル基がホウ素原子に3つも置換しているため、カルボニルやエノンに攻撃を起こす水素‐ホウ素結合が、非常に込み合った位置にあります。
この特性のため、水素化ホウ素ナトリウムや水素化アルミニウムリチウムとは異なるジアステレオ選択性を示すことが知られています。
シクロヘキサノン構造を有する化合物をNaBH4やLiAlH4で還元すると、ヒドリドが生成物のアキシャル位に導入されたアルコールを与えます。
これら小さな還元剤では、カルボニル基のLUMOであるC=O二重結合のπ*軌道と還元剤のHOMOである水素‐ホウ素および水素‐アルミニウムのσ結合との相互作用において、カルボニルのα位との1,2-相互作用が1,3-ジアキシャル反発を上回るためであり、還元剤のアキシャルアタックとして知られています。
一方で立体的に大きなSelectrideの還元では、カルボニル基からβ位に位置する炭素上の置換基(水素)と還元剤の間の1,3-相互作用がシビアになり、空間的にすいているエクアトリアル方向からカルボニル基に接近するため、エクアトリアルに水素、アキシャルにアルコールを持ったシクロヘキサノールを生成物として与えます。
sec-ブチル基でも十分大きいのですが、選択性に満足できない欲張り化学者のために、さらに大きなアミル基を擁するLS-、あるいはKS-Selectrideが用意されています。
エノンの1,2-還元、1,4-還元はケースバイケース
Selectrideがよく使われるもう一つの特徴として、ほかの還元剤と比べて1,4-還元を起こしやすい点が挙げられます。
例えば、共役しているシクロヘキセノンに対してL-Selectrideを反応させると、カルボニル基の1,2-還元よりも炭素‐炭素二重結合に対して水素-ホウ素結合が作用することが多く、1,4-還元が進行したエノラートを中間体として与えます。
仮にこのエノラートをTMSClなどで補足すれば、エノールシリルエーテルを生成物として得ることもできますね。
特に、エノンのβ位が置換されていない場合は1,4-還元が優先するようで、多置換エノラートなど、他の方法では形成しづらいエノラートの発生に役立ちます。
ただ、β位に置換基がある場合は1,2-還元体を選択的に与えたり、でもやっぱり1,4-還元が進行したりと、反応させる原料によってまちまちのようです。
エノンの1,4-還元を確実に行うにはStryker(ストライカー)試薬を中心とする銅試薬の利用が考えられます。
それでも、比較的安定なSelectrideをただ混ぜるだけという選択肢があるのは、私のようなズボラ人間には試してみる価値が十分にあると思います。
まとめ
Selectrideは3つのsec-ブチル基を有する非常にかさ高いアート錯体型の還元剤であり、エクアトリアルアタックが魅力的と言えます。
一番多く使われるのはL-Selectrideでしょうか?その次にK-Selectrideを試すのがマイスタンダードです。
N-Selectrideは、あまり使ったことが・・・。
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