炭素の酸化度を低くする反応は還元反応と呼ばれますが、一般的には水素化を伴うことが多いですね。
アルデヒドやケトンなどのカルボニル化合物が還元されると、C=O二重結合の炭素に水素がついていくわけです。
カルボニル基に限らず、酸素や窒素などのヘテロ原子や、塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲンと炭素との結合が、炭素-水素結合に置き換わるのも還元反応ですね。
ちなみに有機合成では、しばしば望みの還元反応が進行しないことがあります。
官能基のもともとの反応性が悪かったり、立体障害の影響でターゲットとなる炭素原子が隠されているなど、いろいろな原因が考えられますが、今回取り上げるSuper-Hydrideはあなたの救世主になり得る還元剤です。
なんたってSuperですからね。
Super-HydrideはLAHよりも求核力の高い還元剤
Super-Hydride®という名称はシグマ-アルドリッチが権利を持っている水素化トリエチルホウ素リチウムの商標です。
水素化トリエチルホウ素リチウムは、トリエチルボランと水素化リチウムから調製されるアート錯体型の還元剤で、同じくリチウムをカウンターカチオンに擁する水素化ホウ素リチウムと比べると、3つの水素がエチル基に置き換わっているものになります。
ホウ素原子上の置換基の違いは、還元能力に非常に大きく影響し、Super-HydrideはLiBH4の1万倍、強力な還元剤として知られているLiAlH4の40倍、強い求核力を持ってことで知られています。
この求核力の違いは、ホウ素−水素結合の強さに由来します。
4つの水素原子がホウ素に結合したアート錯体であるLiBH4に対して、電子供与基であるエチル基が3つ置換したSuper-Hydrideでは、マイナスを帯びたホウ素原子上により多くの電子が集まることになり、早くマイナスを放出したい状態であるといえます。
このため、ホウ素-水素結合は相対的に切れやすく、ヒドリドとして放出されやすくなっています。
元となるホウ素化合物の特徴から考えれば、3つの水素が置換したボランは電子供与基が結合しているトリエチルボランよりもルイス酸性が高く、ヒドリドをより強く引き付けているとも言えますね。
先日取り上げたL-Selectrideと比べると、ホウ素原子に置換しているアルキル基がsec-ブチル基かエチル基かの違いになります。
Super-Hydrideと同じように、Selectrideのホウ素-水素結合もヒドリドとして切れやすくなっていると思いますが、sec-ブチル基の大きな立体障害によりL-Selectrideの反応性は抑えられている設計ですね。
エポキシドやスルホン酸エステルの還元に効果的
Super-Hydrideが大いに役立つのは、スルホン酸エステルやエポキシドの還元反応です。
これらの官能基はヒドリド還元剤ではなかなか還元しづらいのですが、Super-Hydrideは脱離基のLUMOであるσ*結合に対して強力にヒドリドを供与し、SN2機構によって炭素-酸素結合を切断します。
特に上記のエポキシドの還元は、Super-Hydrideの特徴をよく表している例と言えます。
Super-Hydrideを使った場合は、予想通りの位置でエポキシドが開裂した2級アルコールが得られています。
一方で、こちらもエポキシドの還元的開環によく使われるLiAlH4の場合では、骨格転位を起こした生成物が主に得られるようです。
この骨格転位は、エポキシドがLiAlH4により活性化されてカチオンが発生し、フェニル基の隣接基関与を受けて炭素-炭素結合が転位し、生じた2級カチオンをLiAlH4が還元した生成物とみることができます。
つまり、LiAlH4はルイス酸としても作用していることになります。
Super-Hydrideは強いヒドリド源のみを武器にしてエポキシドの還元に臨みますので、エポキシドがSN2で開環した生成物が得られたわけです。
メリラートやトシラートなどのスルホン酸エステルに対してSuper-Hydrideを作用させても、炭素−水素結合の還元的開裂が進行し、対応するアルカン化合物が得られてきます。
さらに、通常の条件では還元されづらい、アリル位にあるエーテル結合の炭素-酸素結合やスルホンの炭素-硫黄結合の開裂も、パラジウム触媒の助けを借りながらですが、達成することができます。
スルホンアニオンを利用した炭素−炭素結合形成で残留したスルホンを除去するのに適していますね。
まとめ
水素化トリエチルホウ素リチウムは、Super-Hydrideの名に恥じない求核力が魅力のアート錯体型還元剤です。
他の還元剤で試してダメでも、最後にこのチカラに頼ってみてはいかがでしょうか?
注意点として、反応後にSuper-Hydrideから副生するトリエチルボランは、非常に良いラジカル開始剤であり、酸素が存在するとエチルラジカルやペルオキシルラジカルを発生します。
原料や生成物がラジカル反応に敏感な場合は、反応はなるべく脱酸素状態で行い、クエンチには過酸化水素水などを加えて、積極的にトリエチルボランを潰すのが吉ですね。
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こちらは立体障害が魅力のSelectrideですね。ホウ素の化学は魅力がいっぱいです。
Super-Hydrideのもととなるトリエチルボランです。ラジカル開始剤として超優秀です。
こちらは水素化ホウ素ナトリウムに関する記事ですね。取り扱いやすく、反応性もそこそこで使いやすい良いヤツです。