シアノヒドリンは、カルボニル基にシアン化物イオンが付加した化学種であり、アルデヒドやケトンなど反応性の高いカルボニル基の保護基として用いられる官能基ですね。
「梅干しの種を食べると死んじゃうよ!」って、子供のころ母親に脅された記憶がありますが、それもアミグダリンというシアノヒドリン(マンデロニトリル)配糖体が含まれているために言われていることですね。
まぁ、酸っぱいものが嫌いでしたので、とらおには関係ないなと思っていましたが。
天然にもいくつか見られる化学構造ですが、有機合成でもよく使われる官能基であり、benzoin縮合の中間体として二量化反応を促進していました。
今回は、そんなシアノヒドリンについて考えていきたいと思います。
アルデヒドのシアノヒドリンは極性転換を可能にする官能基として利用される
シアノヒドリンは、アルデヒドやケトンに対してシアン化水素と触媒量のシアン化ナトリウムを作用させると合成できますが、現在ではシアン化水素の取り扱いが危険すぎるため、ほかの方法がよく使われます。
最も使われる代替法は、トリメチルシリルシアニド(TMSCN)を試薬に用いるTMSシアノヒドリン合成でしょうか。
アルデヒドから調製したシアノヒドリンには、アルデヒド由来の水素原子が含まれているわけですが、この水素原子はニトリル基の電子吸引性によってプロトンとしての酸性度が上がっている状態になります。
例えば、メトキシメチル基(MOM基)やエトキシエチル基(EE基)で保護されたシアノヒドリンを用いれば、強塩基であるLDA(リチウムジイソプロピルアミド)やLHMDA(リチウムヘキサメチルジシラジド)で脱プロトン化されたカルボアニオンを安定化し、アルキル化やアルデヒドとのカップリング反応が実現できます。
カップリング体のシアノヒドリンを分解するとケトンが得られるため、シアノヒドリンのカルボアニオンはアシルアニオン等価体とみなすことができますね。
TMSシアノヒドリンであればTBAFなどのフッ素試薬で、MOMやEE基で保護されたものは酸・塩基処理することによって、脱保護とシアノヒドリンの分解を起こすことができますので、炭素-炭素結合形成だけでなく、その後の脱保護も含めて水酸基の保護基は考慮したいものです。
アルデヒドから調製したジチアン(1,3-ジチアン)も同様にアシルアニオン等価体として利用されますが、シアノヒドリンに比べてケトンを再構築する脱保護が難しい場合がありますね。
1炭素増やしたい時にもシアノヒドリンは有効
シアノヒドリンは保護基としてだけでなく、炭素源としても使用することができます。
例えば塩酸や硫酸を用いてニトリル基を加水分解すると、α-ヒドロキシカルボン酸が得られます。
ニトリルの加水分解が起こりづらいため、反応温度を上げたり反応時間が長かったりしますが、最小単位のカルボン酸等価体であるニトリル基を無駄なく利用でき、有効な分子変換といえますね。
また、ケトンのシアノヒドリンであるアセトンシアノヒドリンはシアン化水素の等価体試薬として使われることがあります。
特に光延反応では角田試薬の利用によって、2級アルコールの立体反転を伴いながらニトリルを簡単に導入することができ、重宝されています。
下のTCIメールに、アセトンシアノヒドリンの利用法がよくまとまっていますので、あわせてチェックしてみてください。
まとめ
アルデヒドの極性転換は、反応性が変わるという化学的なおもしろさだけでなく、生成物に有用官能基であるケトンを導入できるため、その後の合成戦略を楽にすることがよくあります。
高橋教授らによるタキソールの合成研究では、作るのが非常に難しい8員環B環部分をシアノヒドリンを用いて構築していますので、立体障害を克服する力強さも垣間見えます。
シアノヒドリン形成時、分解時のシアン廃液が悩みの種ですが、適切に処理をして安全に有効活用したい官能基です。
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ベンゾイン縮合では、シアノヒドリンのカルボアニオンを経由して二量化反応が進行していますね。
シアノヒドリンのカルボアニオンがα,β-不飽和カルボニルに付加すれば、Stetter反応が進行します。
光延反応も多くの改良法が開発されていますね。今回の角田試薬は、1つの試薬がDEADとトリフェニルホスフィン、2つの役割を同時にこなしていますね。