カルボニル化合物から発生できるエノラートは、有機化学の大テーマであるC-C結合の形成で活躍してきました。
自然界に目を向けても、アセチルCoAに代表されるカルボニル化合物が、エノラートを駆使した生合成経路で活用されています。
アルドール反応やClaisen縮合、Mannich反応など、多くの炭素-炭素結合形成反応が開発される一方で、酸素や窒素、硫黄といったヘテロ原子との結合形成にもエノラートの化学は有効です。
今回は、エノラートを利用したC-O結合形成の代表例であるDavis oxidation(デイビス酸化)を取り上げたいと思います。
エノラート+オキサジリジンで α-ヒドロキシケトンを与えるデイビズ酸化
オキサジリジン(oxaziridine)は、炭素-酸素-窒素原子が三角形を作った有機分子です。
Davis試薬は、オキサジリジンの窒素原子にスルホニル基が結合したスルホンアミド構造をもっていて、O-N結合を活性化しています。
他のオキサジリジンは、窒素上でも求核付加反応を受けやすいのですが、N-スルホニル基の影響でDavis試薬は選択的な酸素化剤として働きます。
かなり多くの反応例が知られていますが、市販されているDavis試薬の種類は少なく、基本的には用事調製する必要がありますね。
Davis試薬の調整では、まず原料であるベンズアルデヒドとベンゼンスルホンアミドを脱水縮合反応によって連結し、イミンを合成します。
ポリマーに担持された酸触媒などとともにアルデヒドとスルホンアミドを加熱すると、水分子を副生しながらイミン形成が進行しますので、Dean-Starkトラップなどを利用して効率的に反応を進行させましょう。
続いて、得られたイミンをm-CPBAもしくはOxoneで酸化すると、調子よくオキサジリジンが得られるわけです。
Oxoneの方が値段も安く取り扱いが簡単ですが、m-CPBAは反応が早くおすすめですな。
こうして得られたオキサジリジンを使って、いよいよDavis酸化です。
まず、ケトンに対してLDAやLiHMDSなどの強塩基を作用させることによって、カルボニル基のα位炭素から脱プロトン化を進行させ、エノラートを形成します。
続いて、酸化剤であるDavis試薬をフラスコ内に加えると、求核力の高いエノラートが、比較的弱い結合であるO-N結合を切断するように反応が進行します。
このときにエノラートが攻撃するのは酸素原子であり、スルホニル基によって安定化された窒素アニオンが生成します。
反応はここで止まらず、窒素アニオンのβ位に炭素-酸素結合が残った状態なので、アルコキシドのβ-脱離を進行させるように電子が流れて、Davis試薬の前駆体であるイミンと最終生成物であるα-ヒドロキシケトンを与えます。
温和なオキサジリジンがエノラート選択的酸素化を実現している
Davis酸化で使われるオキサジリジンは、他の酸素化剤と比べて活性はそれほど強くありません。
そのため、強塩基を使ってケトンをエノラートに変換し、反応性の高い求核剤として準備しておく必要があります。
ただ、Davis試薬の弱い酸化剤という特徴は、いい利点でもあります。
例えば、DMDOなどはより強い酸化剤なのですが、強すぎるために普通のオレフィンなどとも反応してしまうことがよくあります。
Davis試薬は強く活性化された求核剤としか反応しませんので、原料が塩基性に耐性があるのであれば、余計な部分の酸化を心配することなくα-ヒドロキシケトンの合成に望めます。
キラルオキサジリジンを使って不斉デイビス酸化
仮に、エノラートに対して片方の面からだけ選択的にオキサジリジンが作用すれば、不斉中心を持ったα-ヒドロキシケトンが得られますね。
この目的でよく使われるのは、天然から両方の鏡像異性体が用意できるカンファー(Camphor)骨格を持ったオキサジリジンです。
立体的にかさ高いジメチル基を持ったカンファー骨格は、エノラートがオキサジリジン構造に接近する方向を制限し、立体選択的なα-ヒドロキシケトンの構築を可能にしています。
だいぶお高いですが、TCIやアルドリッチなどの試薬会社から市販されています。
試しに使うには便利でいいですね。
まとめ
弱い酸化剤であるオキサジリジンと強い求核剤であるエノラートを組み合わせたDavis酸化は、α-ヒドロキシケトンを与える優れた酸化反応です。
もう一つの有名な方法であるRubottom酸化では、弱い求核剤である中性のシリルエノールエーテルに対して、強めの酸化剤であるm-CPBAを用いることで、α-ヒドロキシケトンを合成できます。
生成物は同じですが、ケトンの活性化の仕方や他の官能基の様子を見て、2つの方法を使い分けるのが吉となりそうですね。
有機触媒を用いたアルデヒドの酸素官能基化も有名になりましたが、その辺りの話はまたの機会に。
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