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ボランはカルボン酸を選択的に還元できる特殊な還元剤

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カルボニル化合物の還元反応は、合成有機化学の中でも基礎的な反応のひとつです。

一般的に還元剤に対するカルボニル化合物の反応性は、酸塩化物>アルデヒド>ケトン>エステル>アミド>カルボン酸の順番で低くなっていきます。

つまり、ケトン存在下でアミドやカルボン酸のみを還元するのは難しいわけです。

 

これは、カルボニル基に結合している置換基が、アルキル基、アルコキシ基、アミノ基となるにつれて、カルボニル基に電子を供与する共鳴効果(+R効果)が大きくなり、カルボニル炭素原子上のプラス電荷(分極)が小さくなるためだと考えられます。

立体的に大きくなる傾向もあり、還元剤のカルボニル基への接近を妨げる効果もありますね。

 

カルボン酸の場合は、還元剤と酸として反応してしまい、カルボキシラートになることでマイナスの電荷を有するイオンを形成し、カルボニル炭素上の分極の低下をもたらします。

また、マイナス電荷を帯びている還元剤とカルボキシラートのマイナス電荷との静電反発も加わり、還元剤とカルボニル基のπ*軌道との相互作用とか以前に、お互いに近きづらくなってしまいます。

 

しかし今日取り上げるボランは、他の還元剤とは違った反応性を示すユニークな還元剤です。

 

ボランはルイス酸性を示す中性還元剤

 

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ボラン(borane: BH3)は第13族に部類されるホウ素元素を中心に持つ化合物です。

アラン(alane: AlH3)と同じでオクテット則を満たしておらず、ホウ素原子上にルイス酸性を示す「空のp軌道」を持っています。

この空のp軌道を満たすため、ボランはもう一分子のボランと二量化しジボランとして存在することが知られています。

試薬会社からは、ルイス塩基であるジメチルスルフィドやTHFと錯形成した状態で市販されていること(BH3·SMe2、およびBH3·THF)が多いですね。

 

ボラン還元の最大の特徴は、アミドとカルボン酸の還元が他のカルボニル基よりも優先して進行する点です。

 

 

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アミドをボランで処理した場合、原料のアミドの中で最もルイス塩基性の高いカルボニル酸素原子とボランがまずアート錯体を形成します。

窒素原子からカルボニル基への電子の押し込みが、この錯形成を後押しすると考えることができ、アミドはイミニウムカチオンになりボランはアニオン性アート錯体になるわけです。

このイミニウムカチオンに対してホウ素-水素結合が作用し、炭素上へのヒドリド移動により、一段階目の還元が進行します。

続いて、生成物であるヘミアミナール誘導体の窒素原子からの電子供与により炭素-酸素結合が切れ、再びイミニウムカチオン中間体が生成します。

このイミニウムカチオンに対して再びボランが作用すると、二段階目の還元反応が進行して、水の添加などの反応停止操作(クエンチ)を行うことによって、生成物であるアミンが得られてきます。

ヘミアミナール中間体では、酸素原子より窒素原子の方が電子供与性が高く、炭素-窒素結合ではなく炭素-酸素結合が切れることで、アミンが生成物になるわけです。

 

 

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カルボン酸のボラン還元では、まずプロトン性水素とボランが反応し、水素分子の放出を伴いながらホウ酸アシル誘導体(triacyl borate)が形成されます。

 

このホウ酸アシル誘導体は、ホウ素の空のp軌道とカルボン酸由来の酸素原子の非共有電子対の間で相互作用があり、ホウ素原子がδー、酸素原子がδ+の状態にあります。

つまり、通常のカルボン酸よりもカルボニル基への電子供与が弱まるため、ホウ酸アシル誘導体ではカルボニル基がδ+として活性化されています。

そこに、他のボラン分子が接近してくることにより、C=O二重結合のLUMOであるπ*軌道との相互作用を経て還元反応が2回進行し、対応するアルコールへと誘導されます。

 

面白いことに、エステルやケトン、アルデヒドのカルボニル基のルイス塩基性はアミドよりも強くないため、ボランの空のp軌道との錯形成が有利なアミドの方がより早くボラン還元を受けます。

 

同様に、エステル・ケトン・アルデヒドはカルボン酸のように、ホウ酸アシル誘導体のような活性化中間体を形成できないため、エステルやケトン存在下でもカルボン酸を選択的にボラン還元できたりします。

まぁ、反応温度が高かったり、長く回し過ぎてしまうとアルデヒドやケトンは還元されて行きますので、ほどほどで反応を止めるなど工夫が必要かもしれません。

 

まとめ

 

BH3を還元剤とするボラン還元は、他の還元剤では一番最後に反応するアミド、カルボン酸と優先的に反応するとてもユニークな還元剤です。

鍵はやはりルイス酸性を有するボランの「空のp軌道」ですね。

アラン(AlH3)や水素化ジイソブチルアルミニウム(DIBAL)も空のp軌道を持つ還元剤であり、これらも特徴的な反応性を示しますがその話はまたの機会に。

 

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カルボニル基の一番基本の還元反応とも言える水素化ホウ素ナトリウムを使った還元反応に関する記事です。大変便利で何回もお世話になっていますね。

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こちらは水素化アルミニウムリチウム還元の紹介です。小粒ながら強力です。

 

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