分子の二量化反応は、一種類の化合物2分子が合体することによって、1つの新しい分子を形成する反応です。
シクロベンタジエンは有機合成でよく使われる合成素子ですが、単量体はそこまで安定ではなく、Diels-Alder反応が進行したダイマー(二量体)として市販されています。
Diels-Alder反応のように可逆な過程を取りうる二量化の場合、うまく操作すれば2分子のモノマー(単量体)へ戻すことができますが、不可逆な過程を経て二量化する場合もあります。
本日紹介するTishchenko反応(ティシュチェンコ反応)は、アルデヒド2分子からエステル1分子を形成する二量化反応です。
Tishchenko反応は2分子のアルデヒドからエステルへの不均化反応
Tishchenko反応は、ヒドリド移動を鍵とするアルデヒドの不均化反応です。
同様の反応としてCannizzaro反応が知られていますが、Cannizzaro反応の生成物はカルボン酸とアルコールであり、エステルが生成物の本反応とは対照的です。
Tishchenko反応の反応メカニズムはいくつか提唱されており、どれもが尤もらしく、そもそもこれらの反応機構の総和として生成物を与えていると思われます。
ここでは、Cannizzaro反応と生成物の違いをうまく説明できるものを2つ載せておきますね。
1つ目はルイス酸を活性化剤に用いるケースです。
Tishchenko反応では、活性化試薬としてアルミニウムアルコキシドをはじめとする金属アルコキシドや金属オキシドがよく使われます。
これらの試薬がルイス酸としてアルデヒドを活性化することで、反応が開始されます。
金属中心にアルデヒドが配位すると、カルボニル基の炭素原子上がより電子不足になり、ここにもう1つのアルデヒドのカルボニル酸素原子が付加します。
1番目に活性化されたアルデヒドはヘミアセタールのアルコキシドのような状態になる一方で、2番目に付加してきたアルデヒドのカルボニル炭素はカチオン性を帯びた状態になります。
この状態から、カルボカチオンを解消するようにアルコキシドのマイナス電荷が電子を押し込み、分子内で水素原子が1,3-ヒドリド移動することによって、生成物である二量化したエステルを与えます。
結果を見ると、1番目に金属によって活性化されたアルデヒドはカルボン酸誘導体に、2番目に付加してきたアルデヒドはアルコール誘導体に変換されるわけです。
カルボン酸とアルコールを1:1で生成するCannizzaro反応は、分子間でヒドリド移動が起こっているのに対して、今回の反応機構では分子内1,3-ヒドリド移動がポイントであると理解できますね。
2つ目は無水条件でのアルコキシドアニオンが促進するTishchenko反応です。
この場合、ナトリウムアルコキシドといった塩基性の強い試薬が活躍します。
まず、Cannizzaro反応と同じようにマイナス性を帯びたアルコキシドの酸素原子がアルデヒドに付加反応を起こします。
この付加によって、カルボニル炭素がsp2からsp3に変化するわけですが、生じたテトラヘドラル中間体から、近傍にあるアルデヒドに対してヒドリド移動が進行すると、エステルを生成物として与えます。
ヒドリド移動を受けたアルデヒドはアルコキシドに還元されていますが、初めのアルコキシドと同じように別のアルデヒドに作用して行き、次々と生成物のエステルが得られるわけです。
この反応機構はCannizzaro反応とほとんど同じですが、アルコキシドが反応の進行に伴い、原料から生成し続けることがポイントですね。
aldol-Tishchenko反応は副反応をうまく利用した応用例
Tishchenko反応には、aldol-Tishchenko反応(アルドール-ティシュチェンコ反応)と呼ばれる3分子のアルデヒドの連結反応があります。
塩基性条件でアルデヒドを処理すると、エノール化できるアルデヒドの場合はTishchenko反応の条件下で、アルドール反応が優先することがあります。
ちなみに、このアルドール反応が原因で、カルボニルのα位炭素に水素があるアルデヒドでは、Cannizzaro反応は使えなかったわけです。
しかしながら、無水条件のTishchenko反応ではアルドール生成物であるβ-ヒドロキシアルデヒドに対して、もう一分子のアルデヒドが作用して水素移動が進行する場合があります。
つまり、アルドール反応で生じた水酸基が、アルデヒドとヘミアセタールを形成し、このアニオン性のヘミアセタールから分子内でヒドリドが転位することにより、ヘミアセタールはエステルに、アルデヒドはアルコールに変換されます。
原料から最終生成物までの反応の動きをまとめると、1番目のエノレート化したアルデヒドはアルコールに、2番目のアルドール反応をうけたアルデヒドは2級アルコールに、3番目のアルデヒドは酸化されて2番目のアルコールとエステル結合を形成したことになります。ややこしいですね。
得られる生成物は1,3-ジオールのモノエステルであり、すでに2つの水酸基のうち、片方がエステルとして区別されていますので、なかなか使い勝手の良い合成単位として利用可能です。
強塩基を使ったアルドール反応でも、意図せずこのアルドール-ティシュチェンコ反応が進行する場合がありますので、注意しましょう。
反応温度を上げすぎると、この副反応が起こりやすいですね。
まとめ
アルデヒド2分子から二量体と言えるエステルが形成されるTishchenko反応。
アセトアルデヒドのTishchenko反応は、酢酸エチルの工業的製造法のひとつとしても利用されています。
立体選択的アルドール反応と組み合わせれば、ポリオールの有力な合成法になります。
分子内ヒドリド転位を利用したEvans-Tishchenko反応も非常に魅力的な分子変換を実現しますが、その辺りの話はまたの機会に。
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噂のCannizzaro反応反応です。兄弟みたいなものです。
こちらはMeerwein-Ponndorf-Verley還元に関する記事です。従妹みたいなものですね。
もう一人の従妹みたいなOppenauer酸化の紹介記事です。水素移動反応シリーズがマイブームのようですね。