アルコールの酸化反応は、有機合成を進めていく上で欠かせない分子変換のひとつです。
現在では多くの優れた酸化反応が開発されていますが、長い間化学者に使われ続けてきた酸化反応は独自の強みを持った優位性があります。
そのような酸化反応のひとつが、今回取り上げるSwern oxidation(スワーン酸化)です。
スワーン酸化の特徴と反応機構
Swern酸化ではまず、反応の活性種を調製します。
-78 °Cの低温下、ジクロロメタン中でジメチルスルホキシド(DMSO)とオキザリルクロライド (COCl)2をゆっくりと混合させます。
すると不安定な活性種であるchlorosulfonium chlorideが生成します。
この活性種を調製したフラスコに酸化させたい1級もしくは2級アルコールのジクロロメタン溶液を、-60 °C以下でゆっくり滴下します。
求電子性にすぐれた活性種に対してアルコールが作用すると、塩酸の副生を伴いながら、酸素-硫黄結合が生成してアルコールが活性化され、酸化の準備が整います。
最後に塩基であるトリエチルアミンを加えて昇温させると、硫黄イリドの形成をへて基質からの脱プロトン化が進行し、生成物であるアルデヒド、もしくはケトンが得られます。
Swern酸化の注意点として、活性種を作る段階でCOとCO2が大量に発生しますので、アルゴン風船やバブラーなどをつけて、フラスコ内の圧力を調整する工夫をしておくのが肝要です。
また、原料のアルコールを加えた段階ではHClが副生していますので、Swern酸化の反応前半はフラスコ内が酸性条件になっていることにも注意しましょう。
とらおには、かつてこの塩酸酸性によって弱いアセタール系の保護基が除去されてしまい、そこから大事な化合物がバラバラに壊れてしまった苦い思い出があります。
大事な基質が壊れるのは、ホントに一瞬なんですよねぇ。
提唱されている反応機構では、トリエチルアミンなどの3級アミンを加えた段階で、まずDMSO由来のメチル基のプロトンが引き抜かれ、その後分子内で酸化される炭素からプロトンが1,5-シフトによって奪われて、カルボニル基を与える点も特徴といえます。
Swern酸化は原料が残っていても、途中で試薬を足せるタイプの酸化反応ではないので、うまくいかない場合は、あらかじめ少し多めに試薬をいれたり、アルコール滴下後の反応温度をあげるなどの工夫が必要です。
二段階活性化がスワーン酸化の大きな魅力
Swern酸化の最大の特徴は、なんと言ってもジメチルスルフィドの悪臭です。
他のDMSO酸化(SO3·PyによるParikh-Doering酸化やDCCを用いるMoffatt酸化)でもジメチルスルフィドが副生してきますが、個人的にはSwern酸化後の臭いは他のものと少し違い、なぜかたくわん工場に見学に言った記憶を呼び起こします。
試薬として売っているジメチルスルフィドともまた違った味わいがあるんですよね。
Swern酸化の大きな魅力として、アルコールの活性化段階と酸化段階が分かれている点が挙げられます。
これは2箇所、もしくはそれ以上のアルコールを並列に活性化、酸化できることを意味します。
例えば1,5-ジオールなどを酸化する場合、片方のアルコールが先に酸化されしまい、もう一方のアルコールとアセタールやケタールを生成して上手くビスカルボニルに酸化できないことがよくあります。
Swern酸化なら同時に活性化できるため、きれいにビスカルボニルを与える可能性が高まります。
また、TES基で保護された1級シリルエーテルも直接活性化・酸化することもできます。脱保護を省略できてお得ですね。
まとめ
触媒的な優れた酸化反応が開発されている昨今ですが、活性化に特徴をもつSwern酸化はこれからも使われ続ける酸化反応の一つだと思います。
反応の後処理を焦るあまり、反応混合物の温度が上がりきらないまま分液操作をしないように注意しましょう。実験室がジメチルスルフィド臭くならないように!
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同じDMSO酸化の中から、Parikh-Doering酸化の紹介記事です。こちらはずっと塩基性を保ったままアルコールを酸化できるのが魅力ですね。
Dess-Martin酸化も大変使い勝手のいい酸化方法です。試薬が高いのと爆発の可能性があるのが少し気がかりではあります。
アルコールをSwern酸化、得られたアルデヒドをKraus-Pinnic酸化する二段階酸化は定番の連続変換ですね。