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鈴木-宮浦カップリングは汎用性ナンバーワンのクロスカップリング反応

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炭素-炭素結合(C-C結合)を自在に繋げ合わせることは有機合成の命題であり、多くの有機合成化学者の尽力により、様々な方法論が発見されてきました。
しかしながら、信頼性高くC-C結合を繋げてくれる実践的な反応は未だ貴重であり、医薬品合成、材料化学の分野において大変重宝されます。

中でもパラジウム Pd を触媒として用いる炭素-炭素結合形成は、多様な原料の連結に使用されるなど、幅広い汎用性・一般性と高い反応性を併せ持ち、現代有機合成に欠かせない方法論となっています。

今回は、2010年にノーベル化学賞を受賞したことでも有名な、鈴木–宮浦カップリング(Suzuki-Miyaura Coupling)を取り上げます。

有機ホウ素試薬と有機ハロゲン化化合物の連結

分子を連結する化学反応をカップリング反応と呼んだりしますが、同じ原料同士での連結はホモカップリングと言われます。
一方で、異なる原料を連結するクロスカップリングは、二つ以上の異なる化学種を適切なタイミングで連続的に活性化する必要があり、その難易度は極めて高いものと言えます。

有機ホウ素試薬と有機ハロゲン化化合物の連結を可能とする鈴木-宮浦カップリングでは、パラジウム触媒が二つの異なる化学種を上手く仲介して、連結反応を起こしています。

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パラジウム触媒を用いた多くのクロスカップリング反応と同様、鈴木-宮浦カップリングは有機ハロゲン化化合物を反応基質として用いますが、特徴的なのが有機ホウ素試薬の利用です。

多くの有機ホウ素化合物は、ほかの有機金属試薬に比べて化学的に安定であり、保存や取扱が容易な利点があります。
一方で、安定であるがゆえに反応性が乏しく、有機スズ試薬や有機マグネシウム試薬のような高い反応性は期待されていませんでした。

そんな中、鈴木章先生-宮浦憲夫先生のグループは、有機ホウ素試薬を塩基性条件下で連結反応に用いることで、ホウ素のアート錯体であるボレートとしてホウ素試薬を活性化できることを見出し、クロスカップリング反応を成し遂げました。

鈴木-宮浦カップリングの反応機構

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鈴木-宮浦カップリングの詳細な反応機構には諸説あるようですが、重要な点は以下の4つの段階だと考えられます。

1) 0価パラジウムの有機ハロゲン化化合物への酸化的付加
2) 塩基性条件でのホウ素アート錯体(ボレート)の形成
3) ホウ素アート錯体上の有機基のトランスメタル化
4) 還元的脱離による0価パラジウムの再生と目的物の生成

これら4つのステップがすべて効率よく進行し、触媒サイクルが回ることによって、ビアリール化合物など炭素-炭素結合が形成した有用分子が合成できるわけです。

カップリングさせたい原料の立体的・電子的状態によっても大きく反応性は変わってきますし、溶媒、触媒、温度など、多くのパラメータに鈴木-宮浦カップリングの成否が関わってきます。

細かい条件は総説・論文を参考にしていただきたいのですが、基本的なポイントを紹介します。

酸化的付加

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酸化的付加では、

・有機ハロゲン化化合物の反応性
・活性なPd(0)の量(濃度)
・0価パラジウム上の配位子(リガンド)の立体的、電子的状態

などが反応速度に大きく影響を与えます。

反応基質である有機ハロゲン化化合物については、一般的に芳香族ヨウ化物などにおいてはC-I結合が切れやすく、比較的容易に酸化的付加が進行します。
一方で、塩化物のC-Cl結合に対する遷移金属の酸化的は遅く、全く反応が進行しないことも多いです。

また、遷移金属を用いた炭素-炭素結合形成では、配位子(リガンド)がとても重要な役割を担います。

酸化的付加は、電子豊富な0価パラジウムが基質に電子を与えながら、2価に酸化される反応と考えることができます。
そのため、配位子からより多くの電子がパラジウム原子上に集まると、酸化的付加後の2価パラジウムを安定化できるため、付加反応の促進が期待できます。

さらに、芳香族ハライドがパラジウムと反応するためには、0価パラジウムに配位座が空いている必要があるんですが、立体的にも空いている方が酸化的付加の起こる確率が高まります。
そのため、パラジウム上の配位子は少ないほうがよい、あるいは立体障害の小さいほうが酸化的付加が早いと言えます。

ただし、配位子を少なくしすぎると0価のパラジウムが凝集して金属パラジウムになり、溶けなくなって反応系外に落ちてしまうこともあり得ます。

ホウ素アート錯体ボレートの形成

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有機マグネシウム試薬や有機スズ試薬に比べて、C-B結合が強固な有機ホウ素試薬を利用する炭素-炭素結合形成では、C-B結合の活性化が鍵となります。
鈴木-宮浦カップリングでは、ホウ素原子の空のp軌道に水酸化物イオンなどが付加して生成するアート錯体がC-B結合の活性化を可能にしています。

鈴木-宮浦カップリングで用いるホウ素試薬としては、ボロン酸とボロン酸エステルであるボロン酸ピナコールエステルが多用されます。

ボロン酸の場合は、対応するアート錯体であるボレートのトランスメタル化が早いと言われている一方で、ボロン酸を調整する際にシリカゲルカラムでの生成が少し難しい面があります。

一方のボロン酸ピナコールエステルは、シリカゲル中でも安定であり、鈴木カップリングの準備段階での合成が比較的容易です。
ただしクロスカップリングの際に、ボロン酸から生じるアート錯体に比べ、ボロン酸エステルのアート錯体はパラジウム錯体とのトランスメタル化が遅い印象です。

いずれの場合も、トランスメタル化させたい有機基の種類や、相手のハロゲン化化合物の活性化のしやすさなど、それぞれのケースでどのステップが律速段階か見極め、よく吟味する必要があります。

トランスメタル化

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ボレートの形成により活性化された有機ホウ素試薬が、パラジウム触媒によって活性化されたカップリング相手と相互作用し、ホウ素原子上の有機基がパラジウムへ移動する反応をトランスメタル化と呼びます。

結果的に、パラジウム上の脱離基Xとホウ素上の有機基が交換したことになりますが、ボレートの活性化されたC-B結合の不安定性やトランスメタル化後に副生するX-B結合の安定性などを駆動力に、トランスメタル化が進行したものと推察できます。
特に鈴木-宮浦カップリングでは、トランスメタル化の前にパラジウム上の脱離基Xがハロゲン原子から水酸化物イオン(OH)に置換されていると言われており、強い酸素-ホウ素結合(O-B結合)の副生が、トランスメタル化を加速していると考えられます。

トランスメタル化は、クロスカップリング以外でも有機リチウム試薬から有機マグネシウム試薬、あるいは有機マグネシウム試薬(グリニャール試薬)から有機亜鉛試薬を調製する際などに利用されていますね。

還元的脱離

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二つの有機基を有する2価のパラジウム錯体から、パラジウムが0価になりながら炭素-炭素結合を形成する過程を、還元的脱離と呼びます。

還元的脱離がうまく進行するためにも、パラジウムに配位している配位子(Ligand)が大きな役割を果たしています。
一般的に、立体的により嵩高いリガンドの方が、配位しているパラジウム原子周りの立体緩和を駆動力に還元的脱離を促進できるため、有利とされています。

クロスカップリングを初め、遷移金属触媒のリガンドの世界はとても奥が深く、それぞれに最適なリガンドを選択、場合によっては開発しなければなりません。

配位子の開発は、酸化的付加を加速するために電子豊富で、還元的脱離を促進するために立体的に嵩高いホスフィン配位子を筆頭に展開されてきた歴史があります。
近年ではさらに、パラジウムの配位座を適切に開ける設計や弱い結合を利用した活性化のチューニングを可能にするなど、継続的に新しいサイエンスが広がっているフロンティアであり続けています。

還元的脱離で発生した0価のパラジウムが、再び触媒として次の原料に作用することでサイクルが周り、効率よく炭素-炭素結合を形成し続けることで、鈴木-宮浦カップリングが進行していきます。

まとめ

パラジウムを中心に発達したクロスカップリング反応。
代表的な鈴木-宮浦カップリングを理解することで、さまざまな素反応に注意を向けるきっかけとなり、より深く有機化学を理解することができると思います。

多段階を含む触媒反応を記事にするのがシンドイですが、すこしずつ紹介できると良いですね。

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同じパラジウムでも使い方はさまざまです。
こちらはとらおがずいぶんお世話になった三枝・伊藤酸化です。

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