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Stetter反応はアルデヒドとα,β-不飽和カルボニルとの連結を可能にする極性転換反応

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シアノヒドリンやジチアンから発生させたカルボアニオンは、求電子剤との反応後に脱保護することによってケトンを与えるため、アシルアニオン等価体と考えることができます。

アシルアニオンは、アルデヒドの水素原子が脱プロトン化されたカルボアニオンと見なすことができるのですが、もともと求電子的な性質が強いアルデヒドが、逆の性質である求核剤となることを意味するため、シアノヒドリンやジチアンを用いる化学は極性転換と呼ばれています。

 

化学反応の中には、少なからずこの極性転換を利用した分子変換が知られていますが、今回はベンゾイン縮合の親戚にあたるStetter reaction(ステッター反応)を取り上げたいと思います。

 

シアニドやチアゾリウム塩が触媒として働くステッター反応

Stetter反応は、アルデヒドとα,β-不飽和カルボニル化合物の間で起こる炭素-炭素結合形成反応で、主に1,4-ジケトンを与えます。

α,β-不飽和カルボニルの代わりに、ビニルニトリルやニトロオレフィンも求電子剤として使用できますね。

 

Stetter反応の反応機構は、まずアルデヒドに対してシアン化物イオンやチアゾリウム塩から発生させたカルベンが付加反応を起こして、対応する付加体を与えます。

 

Stetter reaction-fig.1

 

シアノヒドリンの場合、ニトリル基の強い電子吸引性によって、シアノヒドリンの水素原子がプロトンとして奪われ易くなっており、脱プロトン化によりカルボアニオンが形成できます。

もう1分子のアルデヒドに対して、先ほどのカルボアニオンが付加反応を起こせばベンゾイン縮合になるのですが、反応系内にα,β-不飽和カルボニル化合物があると、1,4-付加反応(Michael addition:マイケル付加)が進行します。

α,β-不飽和ケトンであるエノンを求電子剤に用いた場合では、1,4-付加後にはエノラートが発生するのですが、アニオン性のエノラートがシアノヒドリンの水酸基から、あるいは溶媒から水素原子を奪うことによりプロトン化され、続いて最初に付加したシアン化物イオンが脱離するように電子が流れ、最終的に生成物である1,4-ジケトンを与えます。

最終段階でシアン化物イオンが再生しますので、触媒量のシアン化物イオンの使用で反応が進行します。

 

熱力学的に安定な1,4-付加体のStetter反応に集積する

 

上で述べたのように、Stetter反応の初期段階ではベンゾイン縮合と同じ化学種を発生しますので、反応系内にはベンゾイン縮合生成物も存在してます。

しかしながら、ベンゾイン縮合はすべての段階が可逆反応であるために、逆反応によってアルデヒドとシアノヒドリンカルボアニオンに戻ることが知られています。

一方Stetter反応では、1,4-ジケトンに代表される最終生成物からの逆反応が起こりづらいため、反応時間の経過とともにStetter反応生成物に落ち着きます。

実際に、アルデヒドの代わりにベンゾインをα,β-不飽和カルボニル化合物とともに、シアン化物イオンなどの触媒と処理すると、ベンゾイン縮合の逆反応で発生したシアノヒドリンカルボアニアンが中間体となり、Stetter反応が進行するようです。

 

キラルトリアゾリウム塩のチカラで不斉Stetter反応

マイケルアクセプターのβ位に置換基がある場合、Stetter反応における炭素-炭素結合形成の際に新たに立体中心が生じます。

その立体化学はアルデヒドから発生させたカルボアニオンが付加する段階で決定されるのですが、アルデヒドに付加した触媒が炭素-炭素結合の反応点に近いため、うまく反応場を制御できれば、不斉Stetter反応が達成できます。

特にトリアゾリウム塩から発生させたキラルなカルベン触媒の研究が発展しており、分子内、および分子間での触媒的不斉Stetter反応が色々と報告されていますね。

 

Stetter reaction-fig.2

 

極性転換だけでなく不斉反応場の構築やマイケルアクセプターを適切に認識して反応面を制御するなど、Stetter反応の触媒が担う役割はたくさんあります。

そんな難しい状況でも、優れたキラル触媒が開発されているのはすごいことですね。

 

まとめ

 

アルデヒドをそのまま原料としながらも、反応系内で直接極性転換と炭素-炭素結合形成が行えるStetter反応は、事前の準備が必要なく簡単な操作で行えるのがいい点ですね。

また、1,4-ジケトンをはじめとするStetter反応の生成物はほかの方法では作りづらく、この反応独自の使い道を提示しています。

同じ極性転換をカギとするジチアンの化学と一緒に、使える反応の引き出しに入れておきたいものです。

 

 

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