とらおの有機化学

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Shiinaマクロラクトン化はMNBAを使った現在最高のラクトン合成法

化学反応では一般的に、他の分子との連結反応である分子間カップリングを行いたいときは、反応濃度がなるべく濃いほうが反応速度が速くなります。

これは溶媒の量が少ない方が、フラスコ内で相手方の分子と出会う確率(衝突する確率)が高くなるためと理解できますね。

また、反応温度が高いほど分子の衝突時に活性化エネルギーを超えられる可能性が高まるため、こちらも反応速度が速くなります。

 

一方で、ひとつの分子内で官能基を結合させる環化反応の場合、反応濃度がなるべく薄いほうが有利になります。

分子内環化では環状構造を作る際に、自分の体についた他の官能基同士が電子的、立体的に反発する渡環相互作用が働きやすく、環化を邪魔することがよくあります。

お相撲さんが靴ひもを結ぶのに腹がつっかえる、とでも言いましょうか。

そんな場合は他人の靴ひもを結ぶ方が簡単なわけで、仮に活性化された官能基のすぐ近くに別分子の反応できる官能基がある場合は、分子間反応が優先します。

これを防ぐには、他の分子との衝突確率を下げる必要があり、高希釈条件が分子内反応には好まれるわけです。 

分子内環化の場合も、反応温度は高い方が分子運動が活発になることで、活性化エネルギーを超える確率が高くなり、反応速度が速くなる傾向があります。

しかしながら、原料もしくは目的生成物が熱に不安定な場合は加熱条件で分解してしまいます。

 

これらを踏まえると、分子内環化では低い温度でも活性化エネルギーを超えられる高活性中間体の発生と、分子間衝突を抑制する高希釈条件が理想的と言えます。

 

多くの有用分子に見られる大環状ラクトンの構築は、まさに上のような条件を満たす必要があり、多くの著名な研究者がこの難題に挑んできました。

今回は、椎名教授らによって開発されたMNBAを武器に、一般性の非常に高いラクトン形成を可能にするShiina lactonization(椎名ラクトン化)について考えて行きましょう。

 

椎名ラクトン化は簡便・高速・高収率のラクトン合成法

 

椎名ラクトン化では、脱水縮合剤として2-メチル-6-ニトロ安息香酸無水物(2-methyl-6-nitrobenzoic anhydiride:MNBA)が使用されます。

ラクトン合成の前駆体であるセコ酸(ヒドロキシカルボン酸)の溶液を、MNBAと求核性塩基である4-(dimethylamino)pyridine(DMAP)を溶解させたジクロロメタンやトルエン溶液にシリンジポンプなどを使ってゆっくりと滴下していくだけで、多くの場合良好な収率でラクトンが得られます。

 

Shiina-fig.1

 

椎名法の反応機構では、まず原料のカルボン酸とMNBAが反応します。

DMAPにより活性化されたカルボン酸がMNBAに対して求核攻撃を起こすことによってアシル基交換が進行し、混合酸無水物(mixed anhydride)が形成されます。

これに対して、DMAPが求核剤として原料由来のカルボニル基に対して付加反応を起こし、アシル化されたDMAP中間体を与えます。

最後に、プラスの電荷を帯びたアシル化DMAPに対して分子内求核剤であるアルコールが付加してくることによって、DMAPを再生するとともに環化が進行したラクトンを与えます。

反応の結果を見てみると、原料から1分子の水が奪われて環構造を形成し、代わりにMNBAが加水分解を受けて2分子の安息香酸類縁体(2-methyl-6-nitrobenzoic acid)を副生しています。

副生する安息香酸が酸であるため、MNBAを用いた椎名ラクトン化に最適な塩基性環境を保つために、塩基が過剰に必要になります。

DMAPを過剰に用いることもできますが、トリエチルアミンなどの3級アミンを共存させておくことで、安息香酸を補足し触媒量のDMAPで反応を回すこともできますね。

 

酸無水物を利用したもうひとつの名盤ラクトン化である山口法と比較すると、ラクトン形成直前の中間体はアシル化DMAPで共通であるため、いかに効率的にこの活性中間体を形成するか?が、高活性酸無水物法のカギと言えるでしょう。

 

MNBAのメチル基とニトロ基が担う役割分担で高活性・高選択的ラクトン化を実現

 

マクロラクトンの形成において、カルボン酸とアルコールという比較的反応性の高い官能基を区別することは必須の条件となります。

また、ラクトン化では分子間反応を抑制するため、高希釈条件を採用する場合が多いのですが、これは試薬との衝突確率も下がることを意味しています。

反応濃度が薄い状態でも望みの反応を進行させるのは、高難度課題のひとつです。

 

椎名グループは活性化剤の詳細な置換基効果の検討の末、高い反応速度を実現するためには電子吸引基が活性化剤の芳香環上にあるのが必須であり、一方で電子供与基を芳香環の2位に導入するとアルコールと活性化剤の反応を抑制できる傾向を見出しました。

 

この二つの傾向を組み合わせて考案されたのがMNBAであり、オルト位のメチル基とニトロ基が高活性と高選択性のいいとこ取りができる置換基の組み合わせとして採用されたわけですね。

 

椎名法を用いたマクロラクトン化では、他の方法に比べて圧倒的に早く反応が完結するため、活性化されたカルボン酸部分が他の分子のアルコールと出会う確率が非常に低く、二量体などの副生成物の抑制につながっています。

スロー アディションによる副生成物の抑制に加えて、活性な試薬の採用で二量化の隙を与えない反応設計になっていますね。

 

DMAPOの活用でペプチドの異性化を抑制

 

活性化されたカルボン酸のα位の水素原子はプロトンとして取れやすくなっている傾向があり、α-置換基を有する場合は高温条件でのエピ化が深刻な問題になります。

特にペプチド合成で多用される縮合反応では、アミド結合の構築において光学純度の維持が欠かせません。

椎名法もペプチド合成に適用可能ですが、オリジナルのDMAP触媒では、異性化反応が進行してしまうようです。

 

Shiina-fig.2

 

この問題の回避法としてDMAPの代わりにそのN-オキシドであるDMAPO[4-(dimethylamino)pyridine N-oxide)]の使用が推奨されています。

DMAPよりも塩基性が低いと考えられ、またアシル基転移活性種もDMAPとは異なり、MNBAとの組み合わせにより、オリジナルの条件よりも良い結果を与えることがあるそうです。

 

エステル、アミド結合の合成は単純なようで非常に奥が深く、繊細かつ重要な化学であることがわかりますね。

 

まとめ

 

MNBAを活性化剤とする椎名マクロラクトン化は、これまでのラクトン化よりも低温で環化を進行できる温和な条件が特徴です。

先行していた山口法やCoery-Nicolaouマクロラクトン化とともに非常に優れたラクトン化、エステル化、アミド化法としてこれからも使われ続けると思います。

 

みんなで使えばMNBAの値段も少しずつ下がってくるかもしれませんから、たくさん利用しましょうね。

 

椎名先生によるMNBAを含むアシル化反応開発物語は以下のTCIメールに詳しいので、ぜひリンク先もチェックして見てください。

http://www.tcichemicals.com/ja/jp/support-download/tcimail/backnumber/article/144dr.pdf

 

関連記事です。

 

椎名法の先輩にあたる山口マクロラクトン化に関する記事です。いまだにその魅力は衰えていません。

www.tora-organic.com

 

こちらは、Corey教授らによるマクロラクトン化の先駆け反応です。二重活性化が素晴らしいですね。

www.tora-organic.com

 

カルボン酸合成時にJones試薬を使えばアルコールから一段階で合成できますね。酸性条件に平気な基質にはオススメです。

www.tora-organic.com