不安定イリドを用いたWittig反応では通常、アルデヒドとの反応によりZ体(cis)のC=C 二重結合を与えます。
今回は、不安定イリドの有用性をさらに拡張するために開発されたSchlosser-modified condition(シュロッサー法)について、考えていきたいと思います。
リチウムイオンのちからでトランスオレフィンに
反応はまず、アルキル基が置換したホスホニウム塩に対してPhLiやBuLiなどの塩基を作用させて、不安定リンイリドを調製します。ここにアルデヒドを加えてオキサホスフェタンを形成させる所までは、通常のWitiig反応と共通しています。
その後、反応系内にもう1当量のPhLiを作用させて、中間体のリン原子の隣の炭素を脱プロトン化させます。再びイリド構造に誘導します。
HClやアルコールなどのプロトン源を加えて、次いでカリウムブトキシドなどの塩基で処理することで、最終的にE体(trans)の C=C 二重結合が合成できます。
ベタイン中間体の立体化学を反転
立体選択性を制御するポイントは、反応系内に溶解性の高いリチウム塩を共存させる点です。
LiIなどのリチウム塩をあらかじめ加えたり、イリドを調製する際に副生するリチウムイオンを利用したり様々ですが、初期段階の中間体であるオキサホスフェタンの酸素原子がリチウムイオンにより活性化され、ベタイン構造に開環されるところがミソになります。
このベタイン構造にもう1当量のPhLiを作用させると、新しいリンイリドが形成されてシス-トランスの平衡状態になります。
オキサホスフェタンに近い構造での立体反発、あるいはリチウム塩を介する6員環遷移状態での立体反発など考え方は諸説あるようですが、トランスオレフィンを与えうる新しいイリド中間体に平衡が偏ると考えられます。
その後のプロトン化と塩基処理によってオキサホスフェタンを経由しながら、最終的に生成物であるトランスオレフィンとホスフィンオキシドを与えます。
2当量目のPhLiで生成させたアルコキシリンイリドに対してプロトン以外の求電子試薬を反応させると、三置換オレフィンの合成に応用できます。
例えばパラホルムアルデヒドを作用させると、アルコキシメチレン基を有する生成物が、Br+供与剤であるBrCF2CF2Brなどの試薬を用いればビニルブロマイドが得られ、その後の反応と生成物の幅が一層拡がります。
まとめ
Z体の二置換オレフィン合成で最もよく使われている不安定イリドのWittig反応ですが、Schlosser条件により、E体オレフィンを合成できる優れた方法です。
もともとWIttig反応の中間体や選択性の解明を検討する中で、可溶性のリチウムカチオンによるZ選択性の低下(オキサホスフェタンの開環)や2段階目のリンイリド形成などが見つかったようです。
既知反応の反応中間体を精査することで、非常に有用な新反応が見つかる好例だと思います。
皆さんも見過ごされた金鉱脈を探しにいきませんか?
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こちらはオリジナルのWittig反応に関する記事です。カルボニル化合物からオレフィンへの定番変換法ですね。
McMurryカップリングを用いても二重結合を合成できる場合がありますね。
エキソオレフィンを有するα,β-不飽和ケトンの合成にはEschenmoserメチレン化が有効です。