Swern酸化に代表されるDMSO酸化には、活性化剤が異なる多くのバリエーションが知られています。
DMSO酸化が大きな酸化剤グループとなった理由に、DMSOの入手のしやすさ、値段の安さ、毒性の低さなどが挙げられると思います。
酸化クロムを用いるクロム酸酸化では毒性の高いクロム廃液を出してしまい、また超原子価ヨウ素であるDess-Martin試薬、IBXなどは値段が高いといったデメリットがありますね。
DMSO酸化のなかでもSwern酸化は立体障害に負けない強い酸化力を示し、とらおも好きな反応のひとつでして、当ブロブの最初の記事として取り上げました。
本日は、DCCを活性化剤に用いるPfitzner-Moffatt oxidation(フィッツナー-モファット酸化)について考えていきましょう。
Pfitzner-Moffatt酸化はかさ高いDCCを脱水剤とする酸化方法
DCCはジシクロヘキシルカルボジイミド(N,N'-dicyclohexylcarbodiimide)の略称であり、エステル化やラクトン形成でよく用いられる試薬です。
窒素-炭素-窒素原子が二重結合で連結したカルボジイミド構造の両末端に、シクロヘキシル基が結合した化合物で、真ん中のカルボジイミド基がウレア(尿素)構造に変化する過程で1分子の水を吸収するため、脱水剤として働くわけです。
脱水剤としてのカルボジイミドはいくつかの有用な誘導体が開発されていますが、DCCはその代表選手のひとつと言えますね。
DCCの特徴は、立体的に大きなシクロヘキシル基がカルボジイミド末端に置換しているため、エステル化反応では、カルボン酸の活性化後の中間体からの立体障害の解消を駆動力として、アルコールとの脱水縮合を促します。
今回のPfitzner-Moffatt酸化においても、この立体障害を利用することができます。
Pfitzner-Moffatt酸化反応は、DMSO溶媒中でピリジン・トリフルオロ酢酸塩などの酸触媒存在下、過剰量のDCCを原料であるアルコールに作用させて行います。
まず、酸によって活性化されたDCCに対して溶媒のDMSOが付加反応を起こして、活性種を形成します。
この活性種の硫黄原子に対してアルコールが付加反応を起こし、アルコキシスルホニウムイオン中間体を形成します。
添加したピリジンなどの系内の適切な塩基によって、DMSO由来のジメチル基から脱プロトン化が進行し、分子内プロトン移動によって最終的なアルコールの酸化を実現しています。
Pfitzner-Moffatt酸化の特徴は、酸化過程における強すぎない活性種です。
ジシクロヘキシル基のかさ高さによって、DCCとDMSOから発生した活性種に対する原料アルコールの付加反応が制限されるため、2級アルコールなど立体的に大きなアルコールの活性化が著しく遅くなります。
そのため、酸化可能な水酸基が複数個ある場合は、よりスリムな1級アルコールが優先して酸化される傾向にあり、化学選択的なアルコールの酸化も実現できそうですね。
Pfitzner-Moffatt酸化では副生成物に注意が必要
本反応は、DMSO酸化のなかでも特に温和な条件であり、選択的な酸化が可能な半面、反応速度が遅いのがデメリットになります。
これは、アルコキシスルホニウムイオンからの脱プロトン化が遅いことにも関係しており、望みのカルボニル生成物ではなく、MTM(メチルチオメチル)エーテルを副生することがあります。
反応温度が高いと、不安定なアルコキシスルホニウムイオンがPummerer型の転位反応を起こしやすいためですね。
また、過剰に使用したDCCと、反応の進行とともに生成するジシクロヘキシルウレアが両方ともいやらしい極性の化合物であり、生成物との分離が困難な場合が多いことも大きなマイナスポイントです。
反応の進行とともにジメチルスルフィドが副生し、悪臭が漂うのは他のDMSO酸化と同様です。こちらでも減点ですね。
まとめ
そういえば、活性化剤のDCCも皮膚のかぶれを起こしやすいので注意が必要です。
あんまりいいところがない反応のようになってしまいましたが。。
それでも、最近でも使われているということは、この酸化でしか上手くいかないケースがあるという好例だと思います。
Pfitzner-Moffatt酸化は温和な条件で酸化反応が行える、代表的なDMSO酸化のひとつとして、試す価値のある酸化法のひとつですよ。
関連記事です。
こちらは、Swern酸化に関する記事ですね。DMSO酸化の中では、Swern酸化がとらお的不動の4番です。
こちらも温和なParikh-Doering酸化の紹介記事です。1番バッターです。
今回は副反応となったPummerer転位についての記事です。スルホキシドから多様な化学が広がっていますね。