PCC酸化
重金属であるクロムを使った酸化反応は、再現性の高さや試薬の安さなど様々なメリットがあるため、長い間に渡り、多くのアルコールからカルボニル化合物への変換反応に使われ続けてきました。
二クロム酸を活性種とするJones酸化はその代表例ですが、基質適応範囲の拡大や反応性の制御、操作性の向上を目指して多くの改良が検討されています。
この記事では、E. J. Coreyらによって開発されたPCCを用いた酸化について考えていきたいと思います。
PCCは酸性を示す酸化クロムのピリジン錯体
クロロクロム酸ピリジニウム(pyridinium chlorochromate: PCC)は酸化クロムの塩酸水溶液をピリジンに加えることによって得られる黄色から赤褐色の安定な固体です。
酸化クロム、ピリジン、塩酸が1分子ずつ集合した構造式を有しており、ピリジンがプロトン化されたピリジニウムカチオンと、塩化物イオンが酸化クロムに結合して生じるアニオンの塩です。
PCC酸化の反応機構
PCC酸化の反応機構は次のように考えられます。
まず、ピリジンの塩酸塩ともみなせるピリジニウムカチオンによって反応系内が酸性に偏っているため、プロトンによりクロム酸塩が活性化されています。
活性化されたクロム酸塩に対して、原料であるアルコールが作用し、塩化物イオンと交換する形で、クロム酸エステルを形成します。
アルコールが付加した形のクロム酸エステルに対して、プロトンが再びクロム酸を活性化しつつ、ピリジンが塩基として作用することにより、アルコールの根元の炭素から水素原子がプロトンとして引き抜かれ、四価のクロムとともに生成物であるアルデヒドやケトンを与えます。
酸化度の高い6価のクロムが4価に還元される一方で、1級アルコールがアルデヒドに、2級アルコールがケトンにそれぞれ酸化されるわけです。
PCC酸化では、水分を含みにくいジクロロメタンを溶媒として用いることができるため、脱水条件下での酸化が容易です。
そのため、アルデヒドの水和物からカルボン酸への過剰酸化を最低限に抑制することが出来ます。
酸化能力も十分に高く、1〜2当量の小過剰量の試薬の使用で酸化反応が完結することが多い優れた酸化剤ですね。
ただし、繰り返しになりますが、PCC酸化の反応系内は塩酸に由来する酸性条件となるため、酸に不安定な官能基や保護基を有する基質を用いる場合は、酸による副反応の進行に注意が必要です。
吸湿性の低い取り扱い容易なPCC
PCCが開発される以前のSarett-Collins酸化では、試薬の吸湿性が高く、扱いづらい問題がありました。
PCCの場合は吸湿性が比較的低く、購入や作成した試薬の長期保存が可能になり、用時調製をすることなく酸化反応を行うことができて、大幅に使いやすくなりました。
またPCCは、ピリジンの効果によってJones酸化などよりも活性が調整されており、1級アルコールからアルデヒドへの酸化が一段階で止まりやすい改善もされています。
PCC酸化の弱点は、副生するクロム残渣とピリジンの難容性のペーストです。
このベタベタのペーストに、生成物であるアルデヒドやケトンが取り込まれてしまい、反応停止後に救出することが困難となる場合が多く収率の低下を招きます。
この問題を低減するためには、反応系内に予めモレキュラーシーブスやシリカゲルを混ぜておくことが有効とされています。
酸化の進行とともに副生する難容性ペーストを逐次補足させることができ、生成物の回収率向上が期待できるというわけです。
モレキュラーシーブスは使用直前に活性化させておく必要がありますが、反応系内の水分も除去できるため、カルボン酸への過剰酸化を抑制する効果が期待できますね。
まぁ、ズボラな私はシリカゲルを入れることのほうが多いですが。
まとめ
PCC酸化は反応操作が容易なクロム酸酸化であり、1級アルコールをアルデヒドに、2級アルコールをケトンに変換できる優れた方法です。
酸性条件や難容性ペーストの発生、環境負荷の大きなクロムを用いるなど、気をつけるべき点が多いのも事実ですが、現在でも使われ続けている酸化剤の一つです。
すでに優れた酸化反応が数多く開発されているにも関わらず、いまだに多様な酸化反応が使われていることからもわかるように、酸化反応では反応と基質の相性にかなりの差があります。
合成化学者としては、多くの酸化方法を道具として引き出しに持ち、それぞれの基質にベストな酸化法を探索するのが賢明です。
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Jones酸化は酸化クロムを用いるアルコール酸化の代表例ですね。
Parikh-Doering酸化は塩基性条件で終始酸化が進行するため、PCC酸化の相補的な酸化反応になり得ます。
こちらは非常に使い勝手の良いDess-Martin酸化です。試薬が高価なのが難点です。