ランタノイドは原子番号57のランタン(La)から71番のルテチウム(Lu)までの原子の総称です。
ランタノイドの電子配置は、原子番号が増えるにつれて4f軌道に電子が入っていくことになりますが、最外殻電子である5d軌道と6s軌道の電子数が変わらないことが多いため、典型元素や遷移元素ほど隣の元素との性質の違いはありません。
しかしながら、わずかな違いが反応性や収率に大きな差を生み出す化学反応では明確に使い分けられていますね。
有機合成の分野においても、ランタノイドが活躍する反応が多くあります。
例えば、サマリウム(Sm)は一電子還元剤のヨウ化サマリウム(SmI2)として、イッテルビウム(Yb)はルイス酸としてよく使われますね。
今回は、セリウム(Ce)が活躍するケトンの還元反応であるLuche reduction(ルーシェ還元)を取り上げたいと思います。
塩化セリウムがハードな還元剤を生み出すルーシェ還元
Luche還元は、塩化セリウムと水素化ホウ素ナトリウムを組み合わせて使うことにより、α,β-不飽和ケトンであるエノンからアリルアルコールを得る反応です。
水素化ホウ素ナトリウム単独でエノンを還元すると、炭素-炭素二重結合が消えてしまうことがよくあります。
これはカルボニルの酸素原子を1番とした場合に、4番目にあたるカルボニルのβ位炭素に対して水素付加(還元)が進行してしまうためです。
エノンに対する還元反応の場合、一般にソフトな還元剤を用いるとβ位炭素への還元反応(1,4-還元)が進行してしまうと考えられています。
一方で、ハードな還元剤はカルボニル酸素原子から数えて2番に相当するケトンの炭素原子に対して、優先的に還元反応を起こす傾向があります。
Luche還元の何が特別かというと、水素化ホウ素ナトリウムのBH4-とメタノールなどのアルコール溶媒から、塩化セリウムの効果によって、よりハードは還元剤を発生させられる点にあります。
このアルコキシドが置換した新しいハードな還元剤のおかげで、1,4-還元よりも1,2-還元が圧倒的に優先するようになり、アリルアルコールを生成物として与えてくれます。
塩化セリウムは酸素に親和性の高いルイス酸でもありますので、カルボニル基の酸素を直接、あるいは間接的に活性化する効果も相まって、化学選択的な分子変換を可能にしてくれます。
酸素親和性の高い塩化セリウム
セリウムをはじめとしたランタノイドは、カルボニル化合物の酸素原子と非常に高い親和性を持っています。
特に、有機リチウムや有機マグネシウム試薬と無水塩化セリウムを組わせた今本法は、カルボニル基への求核付加反応を強力にサポートしてくれます。
エノール化しやすかったり、立体的に込み合った位置にあるカルボニル炭素に対する求核付加は高難度反応のひとつですが、今本法はその代表的な解決策です。
これは、反応系内で発生する有機セリウム試薬が塩基性が低い一方で、カルボニル酸素への高い親和性を発揮した結果と見ることができますね。
ちなみに、今本法では調整法が少し難しい無水塩化セリウムを必要としますが、Luche還元で使う塩化セリウムは比較的安価な7水和物のもので十分だと思います。
たまたまですが、今本先生が有機化学研究の展開の面白さを語られた有機合成化学協会誌の記事を見つけたので、リンクを貼らせていただきました。
まとめ
α,β-不飽和ケトンの還元反応は、原料のコンホメーションや環のサイズ、周りの官能基によっても1,2-還元と1,4-還元の化学選択性が大きく変わってきます。
その中でも、1,2-還元をほぼ確実に達成できるLuche還元は非常に有効であり、信頼性の高い分子変換を提供します。
ある意味Luche還元のせいで、1,4-還元のほうが難しい印象にさえなっていますね。
関連記事です。
こちらは水素化ホウ素ナトリウムに関する記事です。添加剤の機能によって様々な還元反応を可能にしてくれますね。
LAH還元でも1,2-還元、1,4-還元が混ざってしまうことがありますね。
DIBALは1,2-還元が優先しやすい還元剤です。Luche還元と同時に検討したい還元剤ですね。