とらおの有機化学

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IBXは多様な酸化を可能にする超原子価ヨウ素試薬

5価の超原子価ヨウ素試薬であるDess-Martin periodinane(DMP)は、温和な反応条件下でアルコールの酸化反応が進行する優れた酸化剤です。

同じ5価の超原子価ヨウ素化合物で、DMP合成の中間体ある2-ヨードキシ安息香酸(2-iodoxybenzoic acid:IBX)を使った化学反応について、今回考えていきたいと思います。

 

IBXは再評価された有用酸化剤

IBXの合成自体は19世紀には報告がされていましたが、有機溶媒に対する難溶性のため、Dess-Martin periodinaneを作る際の合成中間体として利用される以外は、長い間有効活用されることなく放置されていました。

しかし、2000年頃のNicolaouグループによる精力的な研究により、その有用性が再評価された酸化剤です。

 

IBX oxidation-fig.1

アルコールを酸化するときの反応機構は、まずIBXに対して原料であるアルコールが付加し、水分子の脱離を伴いながら超原子価ヨウ素上に残るリガンド交換反応が起こります。

次いでヨウ素原子と二重結合性を有する酸素が、酸化されるアルコールの根元の炭素から脱プロトン化を起こし、協奏的に電子がヨウ素原子に流れて酸化反応が進行し、生成物であるカルボニル化合物を与えます。

 

IBX oxidation-fig.2

IBX酸化の反応機構で特徴的なのが、その律速段階です。

IBXのアルコール付加体の初期段階から、5員環遷移状態を経る協奏的なプロトン移動に適切なコンホメーションに移行する超原子価ひねり機構(hypervalent twisting mechanism)と呼ばれる過程が、反応の律速段階になります。

基質のアルコールとIBXの水酸基がリガンド交換した状態では、IBX由来の酸素原子がアルコールの根元の炭素原子から水素を引き抜く状態にはなれず、アルコール分子がエクアトリアル位からアピカル位に移動、酸素原子がアピカル位からエクアトリアル位に移行する超原子価ひねり機構によって、酸化反応が進行するようです。

 

この律速段階の特徴は、アルコールの酸化反応での化学選択性にも影響します。

IBX酸化では興味深いことに、立体的に混雑した2級アルコールの方が、立体障害の少ない1級アルコールより早く酸化される傾向にあります。

律速段階前のアルコール付加中間体において、ヨウ素原子のオルト位にある水素原子とエクアトリアル位のアルコール分子の間で立体反発が生じるのですが、アルコールがより嵩高い場合にこの反発が大きくなります。

このため、超原子価ひねり機構による酸化段階の協奏的プロトン引き抜き状態への移行が促進され、より立体障害の大きなアルコールの酸化が早い特徴が生まれます。

 

多様な官能基を生み出すIBX酸化

IBXの有用性を再認識させたNicolaouグループの研究成果によれば、様々な官能基を有する化合物の酸化反応に応用できます。

例えば、ケトンやTMSエノールエーテルに対してIBXを作用させると、α,β-不飽和ケトン(エノン)へ簡便に誘導できたり、ベンジル位の酸化にも有用です。2級アミンの酸化では対応するイミンへ変換でき、ケトンの保護基として用いられるジチアンに作用させれば、酸化的な脱保護条件としてケトンへの誘導に活躍できます。

 

IBX oxidation-fig.3

また、再酸化剤にオキソン(Oxone ®)を用いたIBXによる触媒的酸化反応への応用も達成されています。

 石原グループによってもIBX酸化にヒントを得たIBS(2-ヨードキシベンゼンスルホン酸)触媒の研究が展開され、IBXよりも高活性な触媒的酸化反応が開発されていますね。

 

まとめ 

IBXはその合成から長い間その有用性が眠ったまま、主にDess-Martin periodinaneの合成中間体として利用されてきた試薬ですが、のちの研究により潜在する可能性を見出されました。

 

ただし、取り扱いの注意は万全を期しておかなければいけないですね。

加熱や衝撃によって爆発が誘発されるとされており、過度の乾燥も良くないようですので、不必要なスケールでの調製・使用の禁止、無駄に試薬を刺激しない、最悪の事態を想定して防爆板を立てるなど安全に考慮して実験を行いたいものです。

 

関連記事です。

 

こちらはDess-Martin試薬の紹介記事です。より安全な酸化剤として現在でもよく使用されていますね。

www.tora-organic.com

 

 こちらはPCC酸化に関する紹介記事です。酸性条件ですが、基質によってはこれでしかうまくいかない場合もあります。

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アルデヒドをカルボン酸に変換するならこの方法がマイスタンダードです。

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