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水素化ジイソブチルアルミニウムは部分還元を可能にする汎用還元試薬

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アート錯体であるLiAlH4やNaBH4は、アルデヒドやケトンを中心とするカルボニル化合物の還元反応に多用される有用な還元剤です。

一方で、二段階の還元を受けうるカルボン酸誘導体の場合、アート錯体型試薬を用いた還元では途中の段階で反応を制御することは難しく、多くの場合はアルコールやアミンまで還元されてしまいます。

 

今回取り上げる水素化ジイソブチルアルミニウムは、そんなお悩みを解決できうる還元剤のひとつです。

 

DIBALの立体的なかさ高さで還元の反応性を制御

 

水素化ジイソブチルアルミニウム(diisobutylaluminum hydride: DIBAL、DIBAL-H、あるいはDIBAH)はアルミニウム原子に2つのイソブチル基と水素原子が結合した化合物です。

中心金属であるアルミニウムはオクテット則を満たしておらず、アルミニウムに空のp軌道を有しているのが特徴です。

このため、ルイス酸性を示す還元剤であり、特徴的な反応性を可能にしています。

 

 

DIBAL reduction-fig.1

 

カルボニル化合物の還元反応では、まずカルボニル基の酸素原子がルイス塩基としてアルミニウム中心に配位し、マイナス電荷を帯びたアルミニウムに結合している水素原子がヒドリドとしてカルボニル基の炭素原子に求核攻撃を起こすことにより還元が進行します。

生じたアルミニウムアルコキシドは、酸処理や酒石酸カリウムナトリウム(Rochelle salt)水溶液などの反応停止操作によってプロトン化され、生成物であるアルコールを与えます。

 

DIBAL還元の特徴の一つにエステルやニトリルの部分還元が可能である点が挙げられます。

 

DIBAL reduction-fig.2

 

エステルをDIBAL還元した場合、中間体としてヘミアセタールのアルミニウムアルコキシドが生じます。

基質によっては、-78 °Cなどの低温条件でこのヘミアセタール中間体が安定に存在でき、クエンチ操作でプロトン化とアルコール部分の脱離が進行し、生成物をのアルデヒドを与えます。

ただし、α,β‐不飽和エステルなどの場合はヘミアセタール中間体の分解が早く、アリルアルコールまで還元されてしまうのが一般的です。

 

DIBAL reduction-fig.3

炭素数が足りない場合の合成手法としてよく使われるもののひとつに、シアニド付加による一炭素増炭素、ニトリルのDIBAL還元、酸化や還元で官能基を調整、というスキームがあります。

ニトリルはDIBALによってアルジミン(aldimine)へと変換でき、酸処理によってこのイミンを加水分解すれば、対応するアルデヒドを得ることができます。

この場合も、反応温度を低温状態でキープしておきアルジミン中間体を壊さないようにするのがポイントであり、反応温度を上げすぎてしまうとアミンまで還元されることがあります。

後処理も意外に大事で、DIBAL還元によってニトリルからアルデヒドに変換したつもりが、アルジミンの加水分解が甘く、続いてNaBH4で還元してアルコールへ誘導としようと思ったのに、アミンが出来てしまったことが何度もありました。

シリカゲルでカラムクロマトグラフィーをすれば加水分解が進行するだろうと思っていたのですが、思いの外アルジミンが頑固なことがありますので、条件が許せば希塩酸で処理することをオススメしておきますね。

 

DIBAL reduction-fig.4

 

また、アミドのひとつであるWeinrebアミドやモルホリンアミドなど配位性の置換基がついたアミドのDIBAL還元では、還元が一段階でピタッと止まり、カルボン酸誘導体からアルデヒドを得る有効な手法になっています。

ただ、これらのアミドを調製するのが面倒ではありますが。

 

添加剤のチカラでDIBALの還元能をコントロール

 

先述のように、DIBALのアルミニウム原子には空のp軌道があり、ルイス酸性を示します。

このために、様々な有用反応を実現しているわけですが、化学者はよくばりでDIBAL単体では満足できない状況があります。

 

DIBALの反応性が足りない、強すぎる、立体選択性や化学選択性が気に入らない等々ですが、これらのいくつかは添加剤を加えることで解決できる場合があります。

 

DIBAL reduction-fig.5

例えば、DIBALにBuLiを作用させると、アルミニウム原子の空のp軌道にブチル基が付加し、水素化トリアルキルアルミニウムリチウムとでも呼ぶアート錯体が形成されます。

このアート錯体にはDIBALにあるアルミニウムのルイス酸が消されており、DIBAL単体とは違った反応性が見られます。(還元力が上がったり、ジアステレオ選択性が向上したり、エノンの1,2-還元がより顕著になったり・・)

 

また、t-ブトキシドをDIBALに付加させた還元剤は、エステルの還元をアルデヒドで止める信頼性の高い試薬になるそうです。

当たり前かもしれませんが、それぞれの条件でDIBAL由来の水素原子は、プロトンとしては反応しないんですね。

 

まとめ

 

数ある還元剤の中でも水素化ジイソブチルアルミニウム(DIBAL)は、エステルやニトリルの部分還元に最も使用される試薬のひとつです。

中間体の安定性やルイス酸としての特徴は、他の還元剤に代替不可能な分子変換を可能にする場合もあり、DIBALがあって良かったと思う時がくるでしょう。

 

関連記事です。

 

同じアルミニウム系の還元剤であるLAHです。アート錯体型還元剤の代表例ですね。

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こちらはホウ素還元剤の代表選手、NaBH4です。タイトル通りきほんの「き」です。

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ボランはオクテットを満たしていないルイス酸型の還元剤代表ですね。特徴的な還元が魅力たっぷりです。

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