とらおの有機化学

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Corey-Nicolaouマクロラクトン化はピリジルチオエステルを利用したラクトン化

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マクロライド系抗生物質は四大抗生物質の一つであり、医薬品において一大グループとなっています。

大きな環状ラクトンを特徴とするこれら一連の化合物が、人類の健康に果たしてきた貢献度は計り知れませんね。

 

ポリケチド合成酵素(PKS)によるマクロリド(大環状ラクトン)の生合成では、炭素-炭素結合の形成とマクロライド形成において、アセチルCoAやマロニルCoAに代表されるチオエステル化合物が、非常に重要な役割を果たしています。

大環状ラクトン形成に注目してみると、PKSによって伸長された炭素鎖の末端がPKSとチオエステルで結合しており、適切な位置の水酸基からの求核攻撃を受けることによって、分子の切り出しとマクロライド形成を達成しています。

 

硫黄原子は炭素や窒素、酸素とは周期が違うため、チオエステルにおけるカルボニル基と硫黄原子の相互作用は、アミドやエステルの軌道相互作用とは大きく異なります。

また、硫黄原子の原子半径も他と比べて大きいため結合長も長く、チオエステルは他のカルボン酸誘導体より不安定な傾向にあります。

化学的に不安定なこれらの特徴は、反応性が高いことを意味しており、PKSではこの特徴がうまく作用しているものと考えられます。

 

大化学者であるE. J. Coery教授もこの特徴に注目し、当時ポスドクだったK. C. Nicolaou教授とともに、それまでより格段に一般性の高いマクロラクトン化法を開発しました。

今回は、大環状ラクトン構造を効率的に形成するために開発された、Corey-Nicolaou macrolactonization(コーリー・ニコラウ マクロラクトン化)を取り上げたいと思います。

 

ピリジルチオエステルの二重活性化で進行するマクロラクトン形成

 

セコ酸(ラクトンを巻く前のカルボン酸とアルコール前駆体)に対して、2,2'-ジピリジルジスルフィドとトリフェニルホスフィンを作用させると、カルボン酸部分が反応し、ピリジルチオエステルが形成できます。

 

Corey-Nicolaou-fig.1

 

これを、加熱したトルエンやベンゼンにゆっくり滴下することによって、分子内でエステル化が進行したマクロラクトンが得られます。

Corey-Nicolaouマクロラクトン化の反応機構は、二重活性化で進行していると考えられていて、2-ピリジル基がミソになります。

 

Corey-Nicolaou-fig.2

 

一段階目で形成したピリジルチオエステルは、ピリジル基がもともと電子吸引基であるため活性化された状態ですが、二段階目で加熱することによって、分子内のアルコールからピリジル基がプロトンを奪い、ピリジニウムカチオンとアルコキシドになる平衡反応を活性化できます。

分子内でプラスの電荷を帯びた部分と、マイナスの電荷を帯びた分子が形成されますので、静電的な引力が働き、チオエステル部分とアルコキシドが近づきやすくなります。

さらに、2-ピリジル基に配位しているプロトンがカルボニル酸素を活性化することによって、チオエステルはますます求電子性が上がっています。

アルコール側もアニオンとして求核性が上がっていますので、よりアクティブにカルボニル部分に付加反応を起こして、テトラヘドラル中間体を与えると考えられています。

ここからピリジンチオンを脱離させるように電子が流れ、生成物であるラクトンを与えます。

 

アルコールからピリジルチオエステルへの分子内プロトン移動、静電相互作用による反応点の接近、求電子性と求核性の向上など、二重活性化を最大限活用するために、トルエンやベンゼンのような非極性溶媒中でラクトン形成を行うのも頷けますね。

 

銀イオンの添加で反応性が上がるコーリー・ニコラウ マクロラクトン化

 

Corey-Nicolaou反応をより活性化させる研究も展開され、例えば過塩素酸銀(AgClO4)やテトラフルオロホウ酸銀(AgBF4)などの銀イオンを添加すると、より早く、より高収率でマクロラクトンが形成できうることがわかりました。

おそらくこれは、硫黄原子と親和性の高い銀イオンがチオエステル部分の求電子性を上げているためだと思いますが、ここでもピリジル基が上手く作用しているのかもしれませんね。

 

Corey教授らによってピリジル基よりも良い脱離基の検討がされたようですが、使いやすさと一般性から、2-ピリジル基が最も使われているようです。

 

まとめ

 

Corey-Nicolaouマクロラクトン化は、それ以前では難しかった大環状ラクトンの形成に大きな貢献をしました。

現在では、山口法は椎名法などより簡便なマクロラクトン構築法が開発されたため、あまり使われなくなってしまいました。

しかしながら、二重活性化などのコンセプトは、今なお非常に役立つものだと思います。

それにしてもCorey先生が開発した反応は、数多いですね。

 

 

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