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トリエチルボランは低温でも活躍できるラジカル開始剤

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従来、イオン反応に比べて発展が遅れていたラジカル反応ですが、近年多くの化学者の努力により、飛躍的に発達してきました。

不斉触媒を利用した分子変換も開発されるようになり、ますますその重要性を増しているラジカル反応ですが、最近の目覚ましい展開を可能にした一つの要因として、室温付近あるいは0 °C以下でもラジカル反応を誘発できる開始剤の存在があります。

本日は、大嶌グループによってその重要性が再発見されたトリエチルボランについて考えていきましょう。

 

トリエチルボラン+酸素でエチルラジカルを発生

トリアルキルボランはホウ素原子に3つの炭素鎖が結合した分子であり、ホウ素原子周辺に価電子が6個しかなく、オクテット則を満たしていない化合物です。

そのため、ホウ素原子上には空のp軌道が存在しルイス酸性を有しますが、電子供与性のアルキル基が置換しているため、ルイス酸としての利用は限定的です。

一方で、ヒドリドがこの空のp軌道に作用したアート錯体(ate complex)である水素化トリアルキルホウ素塩は置換基の大きさやカウンターカチオンの種類によって、様々な特徴が付与された還元剤として非常に有望です。

 

トリアルキルボランのなかでもトリエチルボランは、Super-Hydrideの構成要素としても有用ですが、ラジカル開始剤として大活躍しています。

 

triethylboran-fig1

 

トリエチルボランがラジカル開始剤として機能するためには酸素分子が必要です。 

トリエチルボランのホウ素原子に対して酸素が接近すると、空のp軌道にジラジカルである三重項酸素が作用し、SH2(Bimolecular Homolytic Substitution)機構によって酸素原子と炭素原子が置換したことになり、エチルラジカル(Et·)とボリルペルオキシルラジカル(Et2BOO·)とでも呼べる化学種に変換されます。

 

反応系内に水素化トリブチルスズが存在する場合、AIBNをラジカル開始剤に用いる反応と同様に、炭素ラジカルであるエチルラジカルは弱い水素‐スズ結合に作用し、スズラジカルとエタンに変換されます。

このスズラジカルが後の様々な分子変換へと使われていくことになります。

 

余談ですが、最初のSH2機構で副生した酸素ラジカルは、もう一分子のトリエチルボランに作用すれば、エチルラジカルを発生させうるポテンシャルを持っています。

また酸素濃度が高い場合はエチルラジカルと酸素分子が反応してしまうことも考えられますが、生成する酸素ラジカルも他のトリエチルボランと反応することによって、再びエチルラジカルを発生できます。

 

triethylboran-fig2

 

トリエチルボランと酸素分子から誘導されるラジカルは様々な活性種が考えられますが、単純に「エチルラジカルの発生がスズラジカルの生成を促す」と考えればOKだと思います。

 

極低温でもラジカル反応を進行させうるトリエチルボラン

 

トリエチルボランを使う最大のメリットは、反応温度の穏やかさでしょう。

AIBNなどのアゾ系開始剤や過酸化物を用いる多くの場合は、光照射や加熱処理による炭素‐窒素および酸素‐酸素結合の開裂が必要です。

多数のアゾ系ラジカル開始剤が開発されていますが、低温におけるラジカル反応ではトリエチルボランに軍配が上がります。

これは、酸素分子もしくは酸素ラジカルとトリエチルボランの反応によるエチルラジカルの発生が、低温においても十分に可能であることに由来します。

この特徴が、位置・立体・化学選択的な分子変換に必要な温度コントロールを可能にし、現在におけるラジカル反応の発展に大きく寄与してきました。

 

まとめ

 

ラジカル反応は高分子・低分子の有機合成においてなくてならない反応であり、トリエチルボランは貢献者の一人です。

弱いながらもルイス酸性はありますので、メリット・デメリットを考えてアゾ系ラジカル開始剤と使い分けることが肝要です。

 

また、トリアルキルボランを副生しうるSuper-HydrideやSelectrideを還元剤に用いた時にも、アルキルラジカル発生の可能性を頭の片隅に置いておく必要があります。

面倒ですけど過酸化水素水などで処理するのが無難ですね。

 

 

関連記事です。

 

こちらはAIBNに代表されるアゾ系ラジカル開始剤の紹介記事です。うまく使い分けてラジカルマスターを目指しましょう。

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代表的ラジカル反応のBarton-McCombie反応です。それにしても、すごいバランスで成り立っていますね。

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最も単純なホウ素化合物であるボランも、特徴ある反応を可能にします。カルボン酸の選択的還元は秀逸です。

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