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pinacol転位は1,2-ジオールから始まる炭素骨格の再構築

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炭素を中心とする有機化学では、既存の炭素-炭素結合を壊したり、くっつけたりして自在に炭素骨格を変形できるのが理想ですが、簡単ではありません。

遷移金属触媒を中心とする炭素−炭素結合の切断を伴う分子変換反応が、将来この分野の発展に大きく貢献することが期待されていますね。

一方で、古くから知られている転位反応は、既存の炭素ー炭素結合を改変できる手段として、現在でも大変強力な分子変換です。

特に、転位反応が起こる位置が予測できるものは、他の方法では構築困難な炭素−炭素結合の形成を可能にし、合成手法の幅を大幅に拡大させてきました。

今回は、1,2-ジオールを原料とするpinacol転位反応(ピナコール転位)について考えていきましょう。

 

カルボカチオンを利用した官能基の1,2-転位

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炭素鎖に2つの水酸基が連続して置換した化合物である1,2-ジオールは、オレフィンに対するジヒドロキシ化やエポキシドの開裂によって合成できる基礎的な官能基です。

これに対して、硫酸などの強酸性条件で処理すると、カルボカチオンの発生を起点とした官能基の1,2-転位反応が進行して、ケトン化合物をあたえます。

元々、4つのメチル基を有する1,2-ジオールであるピナコールからt-ブチルメチルケトンのピナコロンが生成できることから、本反応はpinacol-pinacolone転位と認識されていましたが、1,2-ジオールを出発原料とする官能基の1,2-転位全般のことをpinacol転位と呼ぶようになったようです。

因みに、1,2-ジオールそのものを使用する転位反応をpinacol転位と呼び、ジオールの片方をよりよい脱離基に変更したものや、ハロゲンや窒素原子、硫黄原子など他の原子団からカルボカチオンを経由する1,2-官能基転位はsemipinacol転位と呼ばれているようです。

 

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pinacol転位反応の駆動力は、中間体のカルボカチオンよりも、転位過程の最終段階で発生するオキソカルベニウムカチオンのほうが安定であることに由来すると考えられます。

pinacol転位では片方の水酸基は常に化合物上に残っているわけですが、酸素原子は隣接するα位の炭素上のカチオンは安定化できますが、もう一つ隣のβ位上のカルボカチオンには、それほど大きな安定化効果を発揮できません。

仮にβ位に水酸基から電子が供与していくとエポキシドを形成することになりますが、このエポキシドも反応条件下、再び活性化されカルボカチオンと水酸基に戻ると考えられます。

そこで、残った水酸基のα位炭素から炭素原子団、あるいは水素が、カチオンの中心であるβ位炭素上に移動することで、水酸基の電子供与を受けたオキソカルベニウムイオンを形成できるため、反応全体として安定な化合物に移行していきます。

 

転位する官能基はケースバイケース?

 

転位する官能基はアルキル基やアリール基、ビニル基、アシル基に加えて水素原子もヒドリドとして転位します。

これらの原子団のなかでも、特にカルボカチオンを安定できるものが転位する官能基として優先されます。

 

一般的な転位のしやすさは次のようになっているようです。

aryl ≒ vinyl > t-alkyl > cyclopropyl > s-alkyl > n-alkyl

 

アリール基やビニル基は転位過程において、生じたカルボカチオンにπ電子を供与し中間体を安定化します。

共鳴効果により非局在しながら転位することができるため、遷移状態のエネルギーを低下させながら原子団の移動を可能にすると考えることができますね。

特にベンゼン環は、ベンゼニウムイオン(benzenium ion、あるいはフェノニウムイオン:phenonium ion)を形成でき、容易に転位可能な官能基の一つです。

 

アルキル基では3級、2級、1級と置換数が減るのに比例して転位しにくくなっていきます。

これは、超共役により3級アルキル基のほうが2級、1級アルキル基よりも電子豊富な官能基であり、開裂候補の結合の中で電子密度の高い炭素−炭素結合が転位しやすいためだと考えられます。

 

ただし、これらの序列は反応系内における環境、特に環状分子の場合は遷移状態におけるコンホメーションの規定のされ方によっても強く影響を受けます。

また、最初に生じるカルボカチオンの安定性も周りの置換基によって大きく異なるため、結合軸の回転の有無も異なり、転位する官能基の選抜は容易ではありません。

 

加えて水素原子もヒドリドとして転位することが知られています。

フェニル基などのアリール基と同等の転位能力があるとされる場合もありますが、様々な意見があるようで、もはや基質によってケース バイ ケースといったところでしょうか。

 

いずれにせよ、カルボカチオンの空の軌道と転位する原子団のσ結合の重なりやすさが、転位過程において重要ですね。

 

まとめ

pinacol転位をはじめとする官能基の1,2-転位は、テルペノイドを中心とした化学研究によって大きく発展しました。

これは、テルペノイドの生合成経路にも骨格転位が多く含まれていることに由来していると考えられます。

生合成では、あたかも簡単に炭素−炭素結合を組み替えて生物活性分子を量産しています。その能力を少し分けて欲しいものですね。

 

 

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