アジド基は窒素原子が3つ連なった化学構造を持っていて、この3つの窒素原子のうち、真ん中の窒素がプラス、両端の窒素原子がマイナスに分極した官能基です。
高い求核力を有するアジドの性質のため、様々な機能性分子へのアジド基導入が簡単な一方で、特定の条件で選択的に活性化できるため、生体機能関連研究でも広く使われています。
例えばケミカルバイオロジーの分野で大流行したクリックケミストリーでは、アジド基とアセチレンの[3+2]双極子付加環化反応によってトリアゾールが形成されるHuisgen反応を可能にし、この分野の発展に大きく貢献しました。
今回は、アジド化合物をリン原子によって還元するStaudinger reaction(シュタウディンガー反応)について考えて行きましょう。
シュタウディンガー反応は3価のリンによるアジドの還元反応
トリフェニルホスフィンは、リン試薬の中でも最もよく有機合成で用いられるもののひとつです。
電子吸引基であるフェニル基が3つ置換していることから、トリブチルホスフィンやトリメチルホスフィンなど、他の3価アルキルリン試薬よりも酸化に対して安定であり、取り扱いが用意ですね。
裏を返せば反応性が少し低いとも言えますが。
Staudinger反応では、トリフェニルホスフィンをアジドに対して作用させると還元反応が進行し、対応するアミンを得ることができます。
反応はまず、アジド化合物の末端窒素原子に対して、トリフェニルホスフィンが作用し、窒素-リン結合を形成します。
その後、プラスの電荷を帯びたリン原子に対して、リン原子から一番遠いマイナス電荷を帯びた窒素原子が4員環中間体を形成するように反応が進行します。
この4員環中間体から、極めて脱離能の高い窒素分子が放出されるように電子が流れて、窒素-リン二重結合を有するイミノホスホランを形成します。
最後に水で反応がクエンチされれば、トリフェニルホスフィンオキシドの副生とともに、生成物であるアミンが得られます。
アルキルアジドからは1級アミンが得られ、酸アジドからは1級アミドが合成できますね。
カルボニル化合物を共存させればアザ-ウィッティヒ反応が進行する
Staudinger反応の利点の一つは、中性条件でアジドをアミンへ還元できる点です。
亜鉛金属やLAHなどをもちいてもアジド基は還元できますが、反応系内が酸性、塩基性に傾きやすく、中性で進行するStaudinger反応は官能基許容性の高い還元反応と言えますね。
また、中間体であるイミノホスホランをカルボニル化合物に作用さえれば、aza-Wittig(アザ-ウィッティヒ)反応が進行し、対応するイミンやアミドが合成可能です。
この分子変換は、特に分子内環化反応や生体内での化学修飾で威力を発揮します。
例えば、適切な位置にエステルを持ったアジド化合物に対してStaudinger反応を行えば、環化反応の進行とともにイミデートを形成した生成物が得られ、加水分解処理により環状アミドであるラクタムを短工程で構築できます。
また、Carolyne Bertozzi先生によって精力的に展開された生体分子の化学修飾では、プローブ分子とアジド化された標的タンパク質の連結反応や、合成が難しいペプチド結合の形成にStaudinger反応が活用されていますね。
これらのStaudingerライゲーションについては、シグマ-アルドリッチ社のWebページが詳しく解説しています。ぜひ参考にしてみてください。
Staudingerライゲーションおよびアジド・アルキン化合物 | Sigma-Aldrich
まとめ
Staudinger反応はトリアリールホスフィンによって、中性条件で温和かつ選択的にアジドを還元できる優れた反応です。
長らくは単なる還元反応として使われていましたが、生体高分子への応用でも切れ味鋭く化学修飾を可能にするなど、再注目された分子変換のひとつと言えます。
それにしてもBertozzi先生は慧眼の持ち主ですね。
これからも違った視点を持った優れた科学者によって、ありきたりの化学反応が素晴らしい反応に変わることを期待してしまいますね。
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