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Dess-Martin試薬は複雑分子の酸化に使える超原子価ヨウ素試薬

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有機超原子価ヨウ素(hypervalent iodine)は、原子の周りに価電子が8個の状態が安定というオクテット則よりも多くの価電子を持った状態のヨウ素化合物です。

なかでも5価の酸化度を有する超原子価ヨウ素試薬はアルコールなどの酸化反応に有用であることが見出されて、共酸化剤とともに使用する触媒的酸化反応への応用に発展しています。

5価の超原子価ヨウ素酸化剤の代表選手であるDess-Martin試薬(デス-マーチン試薬)について、今回は取り上げたいと思います。

 

取り扱い注意!便利な試薬だが気を付けよう

 

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Dess-Martin periodinane(DMP)を使った酸化反応は、至って簡単な実験操作で行えます。

反応基質であるアルコールをジクロロメタンに溶解させて、DMPを入れるだけです。

もともと温和な反応条件ですが、酢酸の酸性にも弱い原料の場合は固体の炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)やピリジンをDMPと同量程度加えて、よりマイルドに酸化を行うこともできます。

 反応終了後はそのまま濃縮して、カラムクロマトグラフィーをすることもできますが、過剰のDess-Martin試薬が残っていると思われるときは、NaHCO3水溶液と還元剤であるチオ硫酸ナトリウム(Na2S2O3)水溶液を予め混ぜたものでクエンチをして、しばらく撹拌してから分液操作をするといいでしょう。

チオ硫酸ナトリウム水溶液は酸性になると硫黄が析出してしまいますので、使う直前に塩基性水溶液にして用いるのがオススメです。

亜硫酸ナトリウム(Na2SO3)水溶液を還元剤としても反応を停止できますが、場合によっては亜硫酸イオンが生成物のアルデヒドに付加してヒドロキシスルホン酸を形成してしまうため、個人的には好きではありません。

 

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Dess-Martin試薬(DMP)は試薬会社からも市販されていますが、自分で調製することが多いですかね。買うと高いので。

DMPは、2-ヨード安息香酸(o-iodobenzoic acid)から酸化とアセチル化の二段階で合成できます。

オリジナルの条件では、硫酸水溶液中で臭素酸カリウムを酸化剤に用いて2-ヨード安息香酸を酸化していたようですが、現在では水中でオキソン(Oxone ®︎)を使うことで、より安全に2-ヨード安息香酸を酸化できるようになりました。

得られる中間体は2-ヨードキシ安息香酸(2-iodoxybenzoic acid: IBX)であり、IBXもまた有用な酸化剤として知られています。

IBXを無水酢酸中で触媒量のp-トルエンスルホン酸(p-TsOH)とともに加温すると、IBXよりも溶解性に優れたDMPに変換できるわけです。

 

注意しておかなければならないのは、特に中間体であるIBXに爆発性が報告されていることです。

加熱や衝撃によって爆発が誘発されるとされており、過度の乾燥も良くないようです。

DMP自体はそれほど爆発性はないとされていますが、化学者たる者最悪の事態を考えて、必要以上のスケールで調製しない、防爆板を立てる、無駄に刺激しない、など気を配るべきですね。自分の身は自分で守るしかないですから。

 

高い官能基選択性と温和な条件で複雑分子の酸化に有効

Dess-Martin酸化の特徴は、マイルドな反応条件で酸化反応が一段階で止まることですね。

ほぼ中性条件で酸化反応が行えるため、酸性条件に弱い官能基があっても酸化が進行する優れた酸化剤です。

1級アルコールからはアルデヒドが、2級アルコールからはケトンが合成でき、過剰酸化(overoxidation)はほとんど起きません。

これらの特徴により、官能基をたくさん有する複雑分子の酸化にも使われることが多く、「Dess-Martin酸化でしか上手くいかなかった」という場合も多数みられます。

 

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また、SchrieberらによってDMPに対して1当量の水の添加によって、酸化反応の大幅な加速効果が見いだされました。

これは、DMPと水が反応して生成すると考えられるIBXのアセテート体がアルコールの酸化に極めて高い活性を有するためと考えられています。

Schreiberらの報告の契機にもなったように、古いDess-Martin試薬の方が反応が上手進行することが起き得ます。

上手く酸化できないときは少量の水を添加すると、新しく調製したDMPでも再現性よく酸化できるかもしれませんよ。

 

まとめ 

超原子価ヨウ素化合物である Dess-Martin periodinane を用いる本酸化反応は、簡便な操作、温和な反応条件、高い信頼性を化学者から勝ち得た酸化反応の一つです。

 

試薬が高価であることや爆発性が危惧されるなどデメリットもありますが、正しい知識を武器にして、素敵な酸化剤を活用していきましょう。

 

 

関連記事です。

 

Dess-Martin試薬の原料であるIBXも近年注目を集めている酸化剤です。昔から知られている試薬でも新たな化学が眠っている好例ですね。

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こちらは酸化クロムを使ったJones酸化に関する記事です。硫酸酸性になるので基質の適用範囲は限定されますね。

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 クロム酸酸化の中ではPDCがマイルドな条件で酸化を行える代名詞と言えるでしょう。

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